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続々・へそ曲がりセブ島暮らし100景 その12 日本の光景編 (9) おみくじ

(写真不明)

 靖国神社境内にあった無人のおみくじ売場である。靖国神社は通常の神社と違ってお守りやお札を出さないから、こういう商売が店を広げている。赤い色とそれを見つめる若い女性の対比が面白くてシャッターを切った。
 古典的なおみくじは、六角形の箱を振り、中から出た竹の棒に書かれた番号を社務所に伝えておみくじをもらうが、人手不足も手伝ってか、このように100円を置いて自分で取る形が多くなった。ここの場合は誕生日で引いていた。

 おみくじは大吉に始まり、中、小、そして最後が大凶になるが、この大凶は神社によっては縁起を担いで置かない所もある。しかし、大凶の次の運勢は大吉に回るから、縁起が良いなどと言って喜ぶ人もあるらしい。
 また、大吉が当たったと喜ばない人もある。これは現在は大吉運でも、段々運が下がってしまうためから来ている。このようにおみくじ一つを見ても、人の心理の動きというのは微妙だと分かる。

 私の父が生前出していた年賀状には、毎年、浅草寺で引いたおみくじがそのまま印刷されていた。恐らく程々に縁起の良い、中吉位を選んでいたのだと思うが、1回で引けたのかどうかは聞いていない。
 私自身はこういった類は全く信じていないが、おみくじを引く事がある。あまり変なのを引いた場合は流石に気にはなるが、それでも自分に都合の良い所だけを解釈して、悪い所は敢えて無視している。この位が普通の人の関わり方だと思う。

 おみくじを境内の樹に結び付けるのも一種の風物詩だった。樹に結び付けたおみくじはいずれ処分するのだろうが、最近はこれをやらせない所が増えた。景観がどうとかの話らしいが味気なさはある。

 梅の名所湯島天神に行くと、ここは学問の神様を祭っていて、受験期にはたくさんの絵馬が奉じられている。最後は神頼みになるのか、書かれている願いを見ると本当に慎ましく、切実な思いが伝わる。私の受験期はどうだったのだろうと想い出させる。

author:cebushima, category:続々・へそ曲がりセブ島暮らし100景, 10:37
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続々・へそ曲がりセブ島暮らし100景 その11 日本の光景編 (8) 閉館
閉館 浅草六区の興行街を歩いていたら写真の光景にぶつかった。春の日のうららかな昼下がり、酔っ払いかホームレスか閉まった映画館の壁にもたれかけて気持ち良さそうに寝ている。この映画館は昭和39年に開館した東宝の封切館で、1月に閉館した事が張られた紙で告げられている。
 開館した頃は日本の映画界は既に絶頂期を過ぎていたと思うが、まだ当時は映画も大作が多く興行的にはやって行けた時代なのであろうが、42年間の寿命でつきた。

   最近は映画界も少しは盛り返し、興行として悪くなく、話題作がマスコミに取り上げられ、スターの動向もニュースとして流れる。しかしテレビやビデオ、最近のCD、D坑弔抜嫋淙法が変わった時代には昔日のような黄金時代を取り戻す事は無理である。
 フィリピンも昔ほど映画館に足を運ぶ者が少なくなり、話題作を除けば上映中に観客が数人などという映画館が目立つようになった。それでもまだまだ映画鑑賞はフィリピン人の娯楽の一部になっていて、チケットを買うのに並んだり、テレビでも映画封切りのCMが頻繁に流れているから日本よりまだマシかも知れない。

   映画界が斜陽になって久しいが、私の生まれた千住にはかつて映画館がたくさんあった。邦画の東宝、日活、東映の封切館、金美館の松竹、名画のミマス座、洋画ではミリオン座があった。
 また、家のすぐそばには千住シネマという邦画名画座があり、これらの映画館をハシゴしたものだが全部姿を消してしまい、今では一軒も残っていない。小学生の頃は、これらの映画館を借り切って時の話題作を全校で鑑賞しているが、今はもうなくなった。
 映画館の跡地は元々場所が良く面積も広いために、ビルやマンションが建てられて、昔ここに映画館があったなど分からなくなってきている。これは日本中どこも同じようだ。

author:cebushima, category:続々・へそ曲がりセブ島暮らし100景, 14:58
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続々・へそ曲がりセブ島暮らし100景 その10 日本の光景編 (7) 大黒屋
大黒屋 浅草は江戸時代から続く盛り場で、昔から商売を続ける老舗が数多く残っている。写真の店は浅草寺近くの大黒屋で『天丼』が有名な店である。今のテンプラはあまり色のつかないアッサリした上品な揚げ方が主流だが、ここは昔風のコッテリした黄金色のテンブラを揚げている。特に天丼は濃いつゆが美味くしみていて『なるほど天丼というのは安直ながら良く考えた食べ物』と感じさせる。
 そういった庶民的な食べ物ではあるが、近年はテレビなどのマスコミが番組で取り上げるためにどこの店に行っても人が多く、この店も店先に人が列をなしている。

   およそ、物を食べるのに列へ並ぶ事を好まない私としては、こういった列を見ると食べない方がましとなる。さてはと、昔はなかった別館が裏の方にあるのでそちらを覘いたが同じで取り止めた。
 実は昨年も同じ頃に大黒屋に来ているが列を見て止めているから、2年越しで食べられなかった事になる。値段を見たら海老天丼が1,650円だから、今の時代には手頃な値段になるのだろう。
 大黒屋が駄目なら洋食で有名な『ヨシカミ』に回ったが、列が出来ていたので同じく止めた。この店は父親が良く連れて行ってくれた店で、あまり混んでいた記憶はなくいつでも入れた。
 子どもだったのでそれ程美味い料理とは感じなかったが、活気とボリュームがあったのは印象に残っている。

   今でこそハンバーグなど誰でも知っているが、名前は忘れたが浅草のとある喫茶店でハンバーグを初めて食べた事があった。父親の話では日本でハンバーグを最初に出した店といっていたが本当かどうか分からない。
 この他、アンジェラスとか神谷バー、仲清、狆屋、並木、梅里といった昔から知っている店の名前を挙げたら切りがない。食い物屋はビルを建てたら味が落ちるといわれているが、そんな老舗もチラチラある。

author:cebushima, category:続々・へそ曲がりセブ島暮らし100景, 14:17
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