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この一枚2013年 【台風ヨランダ-01】 千切れたバナナの幹


 写真は1110日にセブ島北部に向かった沿道で撮った一枚。

 死者・行方不明者
8000人に迫る台風『ヨランダ』がフィリピン中部・ヴィサヤ地方を襲った118日から3日目で、まだ被害の実態は通信網の途絶で明らかになっていない時点になる。

 道路が全通した情報を受けてセブ島最北端の町に、とりあえずの救援食料を積んで現地に入ったが、沿道には倒木や屋根を飛ばされた家々が連なり、事態は容易でないことが分かる。

 写真のバナナはフィリピンのどこでも見られるが、秒速
100m以上を観測した強風によって芯の柔らかいバナナは全滅。

 固くて強風には強いと思われた椰子の樹もバラバラな方向に根元からなぎ倒されたり中途からねじ切られたりで、しぶとく耐えた椰子の樹も頭頂部分の葉は吹き飛ばされている有様だった。

 時々泊まりに行く最北の町にある『別荘』と称した古家もきれいに屋根や壁が吹き飛ばされていたが、それよりも写真のバナナの様子が一番衝撃度は高かった。

 その被災地の様子を見てから本格的な支援活動に入ったが、全滅したと思われたバナナも活動中に幹から新芽を出し始め、被災後一か月目には1m近くまで丈が伸び勢い良く双葉を繁らせた。

 一時は『今年はバナナは食べられないな』と地元の人は冗談交じりにいっていたが、植物の再生能力は凄い。

 被害を受けたどの家も木陰に建てられていたが、荒れ狂った強風によって枝や葉がほとんど飛ばされ、一帯の見通しが良くなっているのにも驚き、日陰がなくなって気温が5〜6度は高くなり改めて樹が生み出す気温調整の有難味を再認識し、これからはむやみに樹を伐ることもなくなるのではと思った。

 その痛めつけられた木々も一日、一日葉を繁らせ始め、その勢いが被災した人々に勇気を与えてくれると思うのは外部から来た人間の感傷だろうが、元に戻るのは数年、いやそれ以上の時間がかかると思った。


author:cebushima, category:この一枚2013年, 17:28
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この一枚2013年 (30) 2013年 万聖節


  111日から万聖節に入った。

 日本ではクリスマスと同じ脈絡で、単に『ハロウィン』の馬鹿騒ぎくらいにしか伝わっていないが、聖の字が入っているようにカトリック教徒には大事な行事で、英語圏では『All Saints Day』と称し、フィリピンではこの日は日本のお盆と同じように墓参りに出かける。

 墓参りといっても日本のようにしめやかなものではなく、1年に1度、墓地に身内、縁者が集まって飲んだり食べたりするにぎやかな行事になる。

 しかもその墓地の故人の遺体が埋まっているその上にテントを張って故人を偲ぶから、日本とは少々死者に対する思い、扱いが違うのも確か。

 日本だったら『生臭物』はこういう時は食べない慣習を持つが、こちらは例の『レチョン=子豚の丸焼き』を持ち込むのも多く、中にはバーベキューをやって煙モウモウ、肉の焼ける匂いを折からの風に乗せて一帯に振りまく一行もある。

 墓地内には飲食のできる屋台も並び、ピザの大手店も出店し、墓碑番号を伝えると墓まで配達してくれる便利さで、日本の縁日と変わらない。

 写真はセブ市郊外の今流行の公園墓地で、夜になって芝生の上に埋め込まれた60センチ×45センチの墓碑の周りに灯されたローソクが浮かび上がり、ようやく墓地らしい雰囲気が出てくる。

 ここでは飲み食いするだけではなく、前の晩から墓地に泊まり込んだりする家族も多く、この時期に空き巣の被害も増えるそうだ。

 この墓地はフィリピンの中産階級に入った層が購入しているのか割合静穏で、公共の墓地になるとパーティー紛いの『歌舞音曲』騒ぎで相当にぎやかになるという。

 夜の10時近くに私の方は引き揚げたが、墓地へ入ってくる車の流れは途絶えず、駐車も2重に停めるから内側の車は出すのに大弱り。

 日本だったらひと悶着起きそうだが、そこはお互いさまで、何となく停めている車の持ち主が分かって、移動はスムーズ。

 こういう特別な日でも全く姿を見せず、ローソク一つ灯っていない墓や、地味に1人で偲んでいる墓、去年はにぎやかにやっていたのに今年はひっそり、寂しい感じのお隣など、1年の月日を感じさせる行事でもある。


author:cebushima, category:この一枚2013年, 10:58
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この一枚2013年 (29) サント・ニーニョ教会の地震で崩壊した鐘楼の撤去作業始まる


15日(火)の地震から最初の金曜日を迎え、被害を受けたサント・ニーニョ教会で撤去作業が始まった。

 毎週金曜日、この教会では特別ミサが行われるので大勢の人を集め、知人が行くというので写真を撮ってもらうことにした。

 その一枚がこれで、朝から撤去作業の様子を写す報道陣が多かったそうである。

 教会建物の右端に鐘楼があって、上部が崩れ落ち、崩落した建造に使われた材料を見ると、石灰岩を積み上げただけで今のように鉄筋を入れる時代でなかったのが良く分かる。

 写真手前の方に赤い色をした物が転がっているが、これは鐘楼の屋根で、一番高い所から落下した割には原型を保っている。

 また、鐘楼というように青銅製の鐘があって、これも今日の作業で回収され、写真で見る限りでは原型を保っていて破損した感じはない。

 近くで見れば傷や割れが入っているのが分かると思うが、無事で良かったとの印象を与える。

 今後、この鐘楼をどうするかはまだ決まっていないらしいが、元のように復元するようだ。それにしてもこれだけの崩落があっても直接の怪我人が出ていなかったことには驚かされる。

 信者なら『奇跡』と思うのだろうが、クレーン車の腕が出ている場所は、この教会の玄関口ともいえる所で、いつも人が集まっている所になる。

 特に、訪れた信者目当てにローソクを売る人が居て、やはり812分という早い時間が幸いしたといえよう。

 サント・ニーニョ教会からすぐそばに『セブ・カテドラル』があって、こちらも建物正面上部に大きなひび割れが走り、壁面から使われた材料がかなり落下したそうである。

 両方の教会がある辺りはセブでも最も古い地区で、古い建物が連なっているため、地震の被害を受けたと思うが元のように活気のある街に戻って欲しいものだ。


 
author:cebushima, category:この一枚2013年, 20:44
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