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12月17日(月) 曇り、真夜中雨、風なし 閑話休題 《 フーコーの振り子と衆議院選挙は関係ないが 》

 セブは日本と時差が1時間あって、日本が夜8時ならセブは夜7時になる。8時過ぎに日本の選挙開票の様子をネットで見始めたが、朝日新聞などは早々とバンッという感じで自公300以上当選確実と報じていた。民主党が負けるとは分かってはいたが、その時点で50台の議席予想が出ていて、幾らなんでも4分の1とは思ったが、結果は57議席。

 一方、自民党は倍増どころか119から294議席と大激増。ただし、現行制度選挙のからくりで自民党は大勝したが、比例では前回並みの議席しか取っていなくて比例での得票率も前回よりも落ちている。

 こういう結果になったのは投票率が10%も低かったのが影響していて、冷静に数字を分析すると自民党の支持が広がったわけではない(と翌日の毎日新聞が面白い記事を載せていた)。とはいうものの選挙は『丁半勝負』同様、勝ち負けははっきりしていて1票でも多い方が当選は不動の真理。

 写真は上野・科学博物館の『フーコーの振り子』で階段の踊り場から見下す位置で振り子を撮っている。この辺りの階段の様子と空気は小学生時代と変わらず、いかにも年を重ねた博物館の雰囲気を残している。

 選挙とフーコーは全く関係ないが、今回の選挙は『振り子現象』といって、小選挙区の当落が民主と自民やそれに連なる党派が選挙毎、交互に議席を得ることをいい、今回は小選挙区300の内、141がそうだった。

 確かに政権党が失策を重ねていれば批判が募り、次回選挙は懲罰の意味で反対党に票が回るのは自明の理。こうやって交互に政権が変われば政策は止揚され、政治は良くなるというのが二大政党制のポイントらしいが、日本ではアメリカのように党派に登録して選挙活動をするなど一般の人はあり得ず、いわゆる支持政党なしが大半の状態では二大政党制は馴染まない制度に見える。

 さて、投票前から選挙予測は競馬、競輪予想屋並みに多かった。この選挙予測は電話で行う世論調査で、家庭電話にかけるから今のケータイ時代にそぐわない、偏った調査ではないかの指摘があるし、世論調査に名を借りた世論誘導との指摘もある。

 『選挙予測』と銘打って各報道機関が予測した党派別当選者数をメモにしてあるが、ドンピシャは無理でも一番党派の数で予測が当たっていたのは朝日新聞で、やはり金と手間をかけたのだろうなと思った。民主党政権をぶっ潰すと宣言していた産経は自民300以上でマアマア、民主は8070の予測でまだ甘い。

 反対に週刊誌系は民主党など93から120とどれも甘い予測で、競馬、競輪の予想屋より劣る。ただし、週刊現代の1213日号で自民294という予測が大当たり、二重丸をやりたいが他は駄目で民主26、維新が97となっているから、維新びいきの人間の予測であろう。

 こういった数字の動きから民主党は選挙運動中にズルズル退潮して行ったのが分かるし、自民党の今回は、相手の失策に乗じた選挙が上手かったとみて良いだろう。

 最後に比例の重複立候補、復活当選というのは止めた方が良い。選挙は一本勝負、選挙区で敗れたらそれまで、潔く次に備えるのが常道ではないか。惜敗率などともっともらしいことを挙げているが、惜敗率99%台の者もいるし20%を切っても復活当選しているから、数字の誤魔化しである。


author:cebushima, category:閑話休題2012年12月, 20:15
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12月15日(土) 曇り時々小雨、風なし 閑話休題 《 上野・国立科学博物館のゼロ戦 》

 上野の科学博物館にゼロ戦が飾ってあると前に書いたが、写真がそれになる。

 都内にはこの他、靖国神社遊就館に実機が展示されていて、見た目の程度の良さは遊就館の方が上で、これは山梨県の河口湖自動車博物館で各所の部品を組み立て復原した物を移設して展示してある。

 科学博物館の機体はラバウル沖から引き揚げられた複座の珍しい型で、エンジンのカウリングを外してあるのでエンジンの形状が良く分かり、胴体下に砲弾形の『増槽=追加燃料タンク』が付いているのが特徴である。

 ゼロ戦と通常は呼ばれているが正式には『零式艦上戦闘機』で、日本の軍用機は昭和の軍国時代に使われた『皇紀』の下二桁を名前に付けるのが慣例で、ゼロ戦は皇紀2600年(1940年・昭和15年)に制式採用、ゼロが続くのでゼロ戦と呼ぶようになった。

 科学博物館の機体は21型といって初期の型で遊就館の方は中期から生産された52型で仕様などはかなり違う。例えば21型は幅(翼幅)12mに対して52型は11m、全長では219.05m529.121mとなっていて、性能も違う。

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型は空中戦主眼で作られていて爆弾などは50キロの小型しか持たなかったが、52型になると250キロ爆弾を装備できるようになり、これが後の250キロ爆弾を抱えての体当たり攻撃に至る。ちなみに爆弾は250キロの場合『25番』と海軍では呼んでいた。

 ゼロ戦は1万機以上作られた世界に誇れる名機で、驚異的な航続距離(最大2200キロ)と優れた旋回性能を持ち、活躍できたのは初期から中期にかけてで、中期以降は米軍のエンジン馬力を活かした新鋭機とゼロ戦1機に数機で戦う戦法を採ったために、劣勢になった。またゼロ戦は被弾防御が弱く操縦者に被弾し易かったが、こういった所で人間の命を軽んじていた日本軍の性格が分かる。

 傑出した性能のゼロ戦のために後継機の開発が進まなかったことも敗因と言われるが、何といっても飛行機は人間が動かすものでいくら名機でも操縦士の腕が未熟ではどうにもならず、ミッドウェー海戦以降の負け戦で初期の歴戦の操縦士を次々と消耗し、新兵を訓練して操縦させても、速成は免れず母艦から飛び立つことは出来ても着艦できない操縦士は多かったそうだ。

 それと、これは全てに共通するが、日米の生産体制の違いが勝敗を決めた。日本のように年端の行かない学生を工場に動員して生産するようでは先が見えていて、軍上層部の人間はアメリカの工業力は熟知し、とても一戦を交えるのは無理と分かっていたのに、時代のムードとは恐ろしいもので、戦端を開いてしまった。

 そういう意味ではあれだけアメリカを知っていた山本五十六など名将ではあったが、『愚将』の誹りを免れない。

 このゼロ戦この間、アメリカから飛行可能な実機が日本にやってきて、飛行機発祥の所沢でゼロ戦のエンジンを聞かせる会があった。70年以上の機体でもまだ始動し、空を飛べるとはなかなかたいした物である。日本各地にはまだゼロ戦が何機も程度の差はあっても保管されていて、これらを巡る旅なども面白いだろう。


author:cebushima, category:閑話休題2012年12月, 20:54
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12月14日(金) 晴れ時々曇り、微風 閑話休題 《 SF小説 『八月の博物館』の話から 》
 先日読み終わった本に『八月の博物館』瀬名秀明著がある。この作者は薬学の博士課程を修了していて、在学中に書いた『パラサイト・イヴ』で第2回ホラー小説大賞を受賞したSF畑の作家で、今回読んだ本は知っていて買ったのではなく、日本で105円の古本だった。

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円もするハードカバーなのにたった105円とは酷い感じもするが、逆に105円だから手が伸びたことにもなる。

 『八月の博物館』はやはりSF仕立てで、小学生が突然林の中に現れた博物館での夏休み中の体験を書いている。

 特にエジプトの古代神話、考古学、発掘調査、100年以上前のパリの万国博などを織り交ぜて、私はあまりSF物を読まないが楽しめた。

 夏休みと博物館という言葉を組み合わせると、脳裏に何とも言えないイメージが浮かび上がってくるが、写真は東京・上野にある国立科学博物館で、建物正面は昔と変わっていなくて懐かしい。

 左の方に大きなオブジェのような物が見えるが、これは『鯨』の実物大模型で、以前はこの辺りに白っぽい鯨の骨格標本が陳列されていた記憶がある。

 この時は『久しぶりに行って見るか』で入場したが、特別展をやっていて確か交通機関の変遷を展示していて、その昔黎明期の飛行機や国産自動車など展示、解説されていた。ゼロ戦もあって、以前は裏の方に天井から吊るされていたような記憶があり、今回しみじみと眺めてみると、靖国神社にあるゼロ戦の方がはるかに程度は良いのが分かる。

 本館の方の展示方法は変わったが、館内の造りは昔通りでやはり懐かしかった。この中に『フーコーの振り子』があり、『八月の博物館』でもフーコーの振り子がたてるブゥーンという音を導入部に巧みに書いてあったが、実際の振り子は音などはたてない。

 『フーコーの振り子』とは1851年、フランス人物理学者レオン・フーコー(1819-1868)が地球の自転を証明するために作った実験装置で、科学博物館では何度も見てはいるがそういうものかという程度だった。しかし、160年以上前の人々はビックリしたのではないか。

 今回科学博物館の装置を調べてみると49.6kgのステンレス球を長さ19.5mのステンレス線で釣ってあるとあった。子どもの頃見たのは黒っぽかったからステンレス製ではなく鉄製だったような気がする。この実験装置日本には40カ所位あるそうだが、博物館、学校は当然としても、東京ディズニーシーにもあるというのは少し不思議だった。

 今の博物館は展示技術が進み、ヴィジュアル化も上手くなって見せるコツを掴んでいるようだが、子どもの頃の何だかおどろおどろしい雰囲気はなくなってしまった。さいたま市大宮に鉄道博物館があって、先年ようやく見学できたが、その昔の万世橋にあった旧交通博物館のゆったりさ、おもちゃ箱のようなゴチャゴチャさは消えていて、旧交通博物館を懐かしんだものだった。

 この写真を撮った時刻は午後4時半過ぎ、師走の日は短くて既に博物館には灯りが点り、建物そのものが古き時代の博物館の雰囲気を醸し出している。


author:cebushima, category:閑話休題2012年12月, 20:55
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