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へそ曲がりセブ島暮らし100景 その97 ある日のイベント会場
ある日のイベント会場 セブの若い世代が集まって来る、お洒落な感じのするアヤラ・センターでは、週末を挟んで何らかのイベントを開催している。この日はオール・セインツ・ディーといって、日本語でいうと『万聖節』、英語のハロウィーンの連休に入った最初の日だった。日本の『お盆』と同じように、故郷に帰って家の墓を掃除し、親戚などの旧交を温める期間である。日本とは宗教が違うフィリピンで、同じような宗教行事を持っているとは興味深いが、神とか仏は人間の想像のものだから共通点が多いのだろう。

 テレビのニュースを見ていると、こちらにも帰省ラッシュがあり、バスと船のターミナルや遠方へ行く道路が渋滞している映像が流れる。
 自動車に乗って帰省するのはまだまだ裕福な層で、日本のように高速道路が何十キロにも渡って渋滞するような事はなく、利用交通機関はバスと船が中心である。

国営鉄道がマニラから南に下るルソン島の一部にあるが、老朽化し、保守も悪く大量輸送には役立っていない。
 この鉄道には随分昔に乗った事があり、いつ潰れても良い運行状態だったが、未だ健在で嬉しいものである。最近中国の援助を得て、マニラから北に新鉄道を敷設するプロジェクトが始まったが、この完成は楽しみである。

 こういった連休中でも、家から動かない人がたくさん居るのはどこの国でも同じで、そういう人が盛り場に出てくるのも共通している。
 この日のイベントはそうした人向けに、無料でマジックや劇、ダンスと色々なショーを見せてくれるので、いつもより見物の人が多く群がっていて、金がなかったのかなと同情さえ起きる。

 フィリピンはテロに当る可能性の高い国の一つで、時々爆弾事件もあって、この人の移動期間中は警察も軍も厳戒態勢を布いている。それでも裏をかくからテロになるのであって、防ぎようがないのも事実である。
 一番安全なのはどこにも出ず、家の中でテレビでも見ながらゴロゴロしているのにつきるが、これは怠惰ながら文句のない万国共通の過ごし方にもなっている。

 
author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし100景, 11:52
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へそ曲がりセブ島暮らし100景 その96 停電
停電 突然停電があり、時間は夜の6時頃から1時間程続いた。丁度夕飯の準備時だったが、ローソクを点してじっとしているしかなかった。停電は広い範囲であって、2階の窓から遠くに見えるセブの斜面に建つ家も真っ暗だった。こちらは停電が多く、それも何の原因か分からないものが多い。もっとも誰しも慣れているから、誰も騒がず復帰するまで待っている。停電中は生活音が途絶えてシーンとして、いかに生活に伴う雑音が世間には満ちているかと気が付く。
 ローソクは常備品で、たまに点すと写真のように味があるが、やはり暑い国ではインテリアとして、生活の中に取り入れるのは向いていない。

以前、アフリカに住んでいた時、停電は当たり前で、特に雨季の降雨時は必ず停電していた。山の中に住んでいたので、停電の夜をじっとしているのは長く、ベッドの頭側の左右に太いローソクを一本ずつ立て、毎晩読書をしていた。
 慢性的に物不足の国にも関わらずローソクは手に入った。ローソクの明かりで本が読めるのかと思うだろうが、これが結構明るいもので問題なく、眼にも悪い影響はなかった。

 フィリピンで停電というと、ラモスが大統領をしていた頃、マニラは停電が慢性的になり、1日に数時間しか電気が来ない異常事態が長く続いた期間があった。
 原因は需要に追いつかない発電設備の故障、老朽化だったが、それに輪を掛けてフィリピン人の無計画性が一層の混乱を招いた。
 その結果ディーゼル発電機が大量に輸入され、それで財を成した中国系の商売人が相当いた。
 ここまでは普通の話だが、これには面白い裏話があって、実は問題の停電トラブルは早く終わっていたのだが、大量に輸入し抱えてしまった在庫の発電機がさばけるまで、停電期間をワザと延ばしていたという。いかにも政治も経済も汚さで動き癒着しているフィリピンらしい話が残っている。

 停電は突然やって来るように、復旧も突然やって来て、復旧と同時に息を潜めていた人々のどよめきが束の間の感謝と共に伝わり、生活音が再び町をおおって行く。
 
author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし100景, 11:23
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へそ曲がりセブ島暮らし100景 その95 水上家屋
水上家屋 撮影した場所はマクタン島とセブ島に架かるマクタン側の橋の袂にある。対岸はセブ市の街並みと山の連なりを望む。ここの海岸線は元々荒地だったが、いつの頃からかこのような家がドンドン作られ海へ海へと張り出している。勿論、全部こちらでいう『スクオッター(不法占拠者)』の家で、こういった光景はフィリピンでは珍しくはない。建物の屋根や壁は粗末でも、土台を良く見るとコンクリート製の柱を使っているかなり本格的な作りで、一時しのぎのバラック建てにしては金がかかっている。

こういうスクオッターは公有地に住んでいるのがほとんどで、アメーバーに似て一度増殖し出すと止まらない。
 その内に違法でも住民には既得権が生じて、追い出すにも追い出せず、フィリピンの貧困の象徴として社会問題化している。

マニラは住民1,000万人を軽く超える過密都市だが、地方から出て来た土地を持たない多くの人々はスクオッター地区に住み、その割合は相当なものだという。
 マルコスの時代にはこういった地域から住民を追い出すのに火を付けたというが、今でも時々、大きな火災がスクオッター地域から出て、放火という噂が流れる。

最近は行政側も強硬で、追い出す時は実力で取り壊し流血事件になったりするが、それは行政側に土地を使う必要があったためで、使う予定がなければほとんど見て見ぬ振り、追い出しても別の所に住みだすから根本的な解決とならない。

 そういった社会問題はともかく、こういった水上家屋は1日中風が通り、暑いフィリピンで住むには快適ではないかと思っている。
 写真の手前に子どもが何人か泳いでいるが、水は汚く、生活用水は下の海に垂れ流しで衛生的ではないが悪い生活ではない。

 水上家屋はイスラム教と関係があるのかミンダナオ島に多く、観光名所として観光客が見に行く水上家屋集落もあって珍しくない。
 南部スールー海にかけての浅瀬は水上家屋だけの村が点々としているし、その先のボルネオのサンダカンの海べりにもたくさんあった。

 
author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし100景, 16:44
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