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フィリピン事件帖 2010 (23) 遺骨収集するNPO空援隊の疑惑
ミンドロ島 10月にNHKの番組でこのNPOの取材ドキュメンタリーが放映された。

 私は日本のテレビを見ないからどういう内容、構成か分からないが、当のNPO側がこの取材やり取りを脚本のように起こし、PDF形式22ページをHPに掲載しているのを読んだ。

 また、同HP上で空援隊の50項目に渡るNHKへの公開質問状、それに対するNHK側の回答、さらにこのNPOの理事を務め『広告塔』として存在していた野口健の空援隊への決別文書も読んだ。

 この遺骨収集問題がフィリピンで大きくなったのは、セブのリゾート内で収集した遺骨の焼骨を行い、それを巡ってリゾート側と裁判沙汰になってからである。

 空援隊というのは理事長が元衆議院議員で、現職の国会議員がズラズラと顔を連ねている。霞が関の役人連中には重しが効くだろうが、私など市井の者にはこんなに議員が名を連ねていることに胡散臭さを感じる。

 NHKの取材では空援隊事務局長の倉田宇山という人物がインタビューされているが、この人物ジャーナリストと名乗っているが過去に何を取材し何を書いたかは伝わってこない。

 少し調べたら京都にある『神声天眼学会』という小さな宗教団体の教祖代行をやっている。学会と名乗るともっともらしくなるが、胡散臭いのも世の中には多い。

 しかしこの人物が遺骨収集に関わる経緯は理解でき、少なくても巷間囁かれている『ボーン・ビジネス』でNPOを立ち上げたのではないことは分かる。しかし、その方法が独善的、杜撰であることは否定できない。

 特に、今問題になっているミンドロ島の遺骨収集は先住民の遺骨盗難に関わっているのが濃厚で、それに対してしっかりした説明責任がある。

 この人物はフィリピン人の『宣誓供述書』があるから確かだと強弁しているが、こんなものその辺の街頭で机一つを置いて商売をしている弁護士に持って行けばいくらでも作ってくれる。

 偽証したら捕まるから信憑性はあるというが、宣誓供述書というのは自己に都合よく陳述した文書で、だからこれを巡って裁判沙汰になる。ともかくフィリピンの実態を知らな過ぎ、都合良く解釈している。

 遺骨にこだわる日本人にも問題がある。遺骨収集というと陸地ばかりになるが、海没した人々はどうなるのか。海軍は水葬の伝統があってあまり騒がないが、輸送船で海没した陸軍兵は何万人(何十万か)になる。それから見ると現在の遺骨収集事業などいいとこ取りの言い訳事業のように感じる。

 戦争は国の責任でやったことだから、遺骨収集は国の責任で永遠にやるべきである。
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author:cebushima, category:フィリピン事件帖 2010, 10:47
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フィリピン事件帖 2010 (22) 24年前の三井物産マニラ支店長誘拐事件
若王子氏とアキノ大統領 誘拐事件の時効は何年か知らないが、24年前に起きた『三井物産マニラ支店長誘拐事件』に関わり、国外に逃亡していた指名手配犯がマニラ国際空港で逮捕された。

 この事件は19861115日、ゴルフ帰りの車が襲われ、同乗していた当時の三井物産マニラ支店長・若王子氏が誘拐された。(写真は解放後の若王子氏とアキノ大統領、指を見せているのは指を切断した偽写真が犯人から送られたため)

 今もそうだろうが海外の大手商社支店長は大使並みの重要人物で、しょせん宮使いのしがないサラリーマンに過ぎないのに権勢を誇る存在であった。

 この頃、私はマニラで仕事をしていて、マニラの話題はこれ一色だったがいくつか面白い話を聞いた。

 中でも、三井物産に出入りする業者から聞いた話だが、日本から応援が来て注文する弁当の数が事件解決に近づくに連れて増えたり減ったり、その動きはリアルだったと教えてくれた。

 勿論連中は日本食しか食べない層だから、当時の日本食レストランはずいぶん関係者でにぎわったらしい。

 さて、この事件、翌年の331日に解放されて無事戻ったが、身代金1,000万ドルを払ったとの話が残るが会社側も誘拐された本人も否定している。

 本当はもっと早く解決できたのだが、捜査する警察側が久しぶりの日本商社という大スポンサーだったので、わざと伸ばして飲み食いにたかっていたなどの話も残る。

 また、どこまで本当だか分からないが『解決は俺に任せろ』と怪しげな日本人、フィリピン人が出入りしたらしい。

 1991年になって犯人達がフィリピンで逮捕され、裁判も終わっているが、真相は藪の中である。

 一応、実行犯はフィリピン共産党の軍事組織、新人民軍(NPA)のメンバーとなっているが、中央では関与を否定している。

 このNPA、今でこそ落ち目で影は薄いが、当時はマルコスからアキノ政権に移った激動期で、フィリピン全土のNPAの攻勢は盛んで、一時はフィリピンに共産革命が起きるのではないかといわれた時代だった。

 私もミンダナオ島で仕事をした時、NPAが主要道路で検問をするくらい進出していて、その浸透ぶりに驚いたし、国軍に対する攻撃など日常茶飯事で住んだ家の近くで何度もあった。

 この誘拐事件は日本赤軍が噛んでいたとの話があるが、真相は分かっていない。大金を掴んだ犯人達は国外に逃亡していて、今回逮捕された犯人は事件当時17歳で、どのように事件に関わったかこれからの解明が待たれる。

 誘拐された若王子氏は解放後、三井物産を辞めなかったが地方支店の閑職に追いやられ、1989年に膵臓癌で死去、享年55というまだまだ働ける年齢ながら、事件の心痛が大きかったのだろうか。ここでも事件の真相は墓まで持って行かれてしまった。
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author:cebushima, category:フィリピン事件帖 2010, 15:39
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フィリピン事件帖 2010 (21) ミンダナオ島、バス車内で爆弾破裂、死者10人
ミンダナオ島バス爆破事件 21日午前1034分頃、ミンダナオ島コタバト州内を走行中のバス車内で爆発があり、死者10人、重軽傷30人以上を数える事件が起こった。(写真は事件のあったバス)

 このバスはミンダナオ島北部の中心都市、カガヤン・デ・オロ市から南西部にあるスルタン・クダラット州タクロン市へ向かっていた。通常の運行時間は8時間かかるという。

 鉄道のないミンダナオ島は昔からバス輸送が主力で、四方八方に発達しているが、その運転ぶりは命あっての物種といいたい位危険で事故も多い。

 さて、爆発は後部座席の網棚に仕掛けられたらしいが、爆発前に途中下車した人物が仕掛けたのではと見られ、起爆装置は携帯電話を利用している。

 この途中下車した人物だが、反政府組織の関与が疑われ、中でも爆発事件と誘拐事件を繰り返す、フィリピンのアブサヤフ、あるいはアルカイダの名前が挙がっている。

 同日、マニラの証券取引所のあるビルに爆弾を仕掛けた予告電話が入って、避難のために取引が一時止まる騒ぎがあったが爆弾は発見されなかった。

 コタバトの事件と証券取引所事件との関連性は今の所出ていないが、時間差が30分ほどということで疑わしいところがある。

 また、政治的な背景ではなく、バス会社を恐喝して金が取れなかったギャングの仕業ともいわれている。セブでも時々、長距離バス会社を巡って嫌がらせのためにバスを焼き討ちするなどの事件が起きるが、フィリピンは政治動機と金儲けが一緒になっていて、ギャングの仕業といわれるゆえんである。

 これだけの大事件だが、爆弾事件など日常茶飯事にあるフィリピンだから新聞などの扱いはそれほど大きくない。この間も子どもが手榴弾で遊んでいて爆発死傷者を出した事件があり、子どもが遊べる位爆発物はお手軽に出回っているのだろう。

 この出所は軍や警察だが、この連中、裏で横流し平気で売り飛ばすから、危険物はお手軽な存在となる。そういえばこの間、司法試験会場近くで爆発事件があったが、これにも手榴弾が使われていた。

 交通機関を狙った爆発事件が多いのもフィリピンの特徴で、日時は忘れたが、マニラ軽鉄道内爆発事件、ダバオ空港ターミナル爆発事件などと死者多数に及ぶ事件がすぐ頭に浮かぶ。

 こういった交通機関を利用しないわけにはいかないから、爆弾に当たるも当らないのも運次第の嫌な時代である。
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author:cebushima, category:フィリピン事件帖 2010, 11:47
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