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タイ鉄道 各駅停車の旅 (17) コーンケーンよりノンカイへ最後の鉄道乗車
 コーンケーンはその地域の中心都市らしいが、ウドンターニと同様どうという町ではない。しかし、駅前の方にはライブバンドを売り物にする店を多く見かけたから、そういった世界の好きな人間には面白い場所かもしれない。

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 私もライブバンドのある店はセブは勿論、家人と地方へ行った時など訪れるし、海外に出てもフィリピン人バンドが出演していると行くことが多い。しかし、今はこういった店は『禁煙』ではないから行くのを躊躇うようになった。

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1はコーンケーン駅の時刻表でINBOUNDと書いてあり、日本でいえばさしずめ下りという表現になる。

 この時刻表を見て分かるようにノンカイへ行く列車は上部に書かれた
4本のみで、しかも内3本はバンコクから来る夕方から夜更けの発車でノンカイ着も真夜中から早朝で具合が悪い。残る一つが朝620分発、ノンカイ着936分で、これに乗ることにした。

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2はコーンケーン駅の朝のホームの様子になり、既に陽は高く上がり列車を待つばかりで写真前方から列車はやって来る。

 右側に写っている黄色い建造物は線路上にあるタンク車からガソリンのような物を抜き取るのか掃除するのか、そういった施設で揮発したガソリン臭が時々漂う。

 こういう作業は引火の危険があるから危ないなと思っている内に列車は少し遅れて入って来た。

写真−3

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3がその車内の様子で、早朝の事でもあり待っている乗客はわずか。先から乗っている乗客も少なく、私が乗った車両の乗客はゼロで写真の車両には2人乗っていた。

 こんな不便な鉄道より、次のウドンターニ、ノンカイ方面へ行くならいくらでもバスが出ていて速くて便利だから利用者はそちらに流れてしまい仕方がない時代か。

写真−4

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4はコーンケーンの駅を発車してから撮ったタイの踏み切り風景。この踏切は遮断機があって列車通過中は当然車やバイクは進入出来ないが、遮断機のない所では列車が来ているのに無理に突破する連中が多く、列車は警笛を煩雑に鳴らしている。

 時々、急いた連続の警笛が鳴って、列車が踏切を通過した時に踏み切りに交差した道を見ると、雲を霞と逃げて行く車を目撃するから、結構この手の無謀な奴は多いようだ。

 一度など急ブレーキをかけて止まった列車があってどうやら車の踏み切り直前横断があったようで、タイ鉄道の踏み切りでの事故数は分からないが、この調子では相当多いと思われる。

写真−5

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5は列車通過時の駅員の様子で、今は懐かしい緑と赤の旗を振って列車の運行を管理していて、日本の鉄道ではどうなっているか分からないが、かつては同じようにやっていて、車掌のカバンには小さな旗が入っていた。

 万事コンピューター頼りの運行だから旗など姿を消したのだろうか。この他にもタイ鉄道ではタブレットと呼ばれる円環状の器具で列車運行を管理していたが、これは単線区間に使われる物で日本の
JRでは既に姿を消し、鉄道マニアには珍しい鉄道運行用品になる。

 写真に見える駅舎は都市以外では普通の造りで、駅舎の側には駅長や駅員の官舎があって、駅員も制服制帽に身を固めて日本の国鉄時代を思わせる雰囲気を持つ。

 しかし、赤字といわれるタイ国鉄にも近代化の波が押し寄せるのは避けられず写真のような長閑な光景も過去になるかも知れない。

写真−6

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6はもうじきノンカイに到着する頃の一枚で、列車最後尾で撮っている。こうやって写真を見ると線路は良く手入れ、保守されているのが分かり、その昔フィリピン国鉄に乗った時、あまりの揺れに閉口した記憶がある。

 鉄道は線路の保守が命で、この手入れが悪いと揺れが大きくなるし、最悪には脱線事故につながる。そのための路線保守経費が馬鹿にならなく維持は大変となり赤字となる。

 そのため、保守の安直なバス輸送に流れるというのが途上国の運輸実態で、日本のように鉄道がいまだ健在で、主力を担っているというのは小さい国ながらあっぱれと言うべきであろうか。

 ノンカイには予定通り到着して、ヴィエンチャンまで行きと同じように列車で帰るかとも思ったが、ヴィエンチャン・タナレーン駅からの足の悪さを考えるとウンザリし、いつものトㇰトㇰで国境まで行ってバスで帰る方法を取ったが、慌てることはないとノンカイに泊り、こうして各駅停車の旅は終わった。


 
author:cebushima, category:タイ鉄道 各駅停車の旅, 17:54
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タイ鉄道 各駅停車の旅 (16) ムクダハンからようやく鉄道駅のあるコーンケーンへ
 ムクダハンの町はヴェトナムーラオスータイを繋ぐ道路『東西経済回廊』のタイ側入り口のため、今後発展は著しく、整備された道路や大きなショッピング・センターがあった。

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1は(15)のムクダハンのメコン川沿いに建つタワーから見えたホテルの室内で、川縁からは離れているが、上の階なら眺めは良いだろうと泊まった。値段も見掛けの割には安く、期待して部屋へ行ったら川の見えない反対側だった。川の見える部屋だったら連泊してノンビリ、メコン川を眺めて過ごすかと思ったが、その気は失せた。

 このホテル、一番上に回転レストランがあって、食事をしながら
360度の景色を見せるので、夜に近辺のレストラン探しをするよりはと入って食べる。

 客はいくらも居なくて少しずつ床は回転しているが、夜景というには暗過ぎてどうという感じはなく、こういった際物的な回転レストランに行ったのは
30年以上前に行ったハワイ以来になる。

 ムクダハンは川魚料理で有名らしく、雷魚がメニューに載っていた。結局、食べたのは平凡なタイ料理で、不味くはなかったが支払った勘定がホテル代に近かった。

写真−2

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2はムクダハンから内陸部のコーンケーンへ行くバスの運転席風景で、大体こんな具合でタイの長距離バスは走っている。

 どのくらいのスピードを出しているかとメーターを見たらこのバスのスピードメーターは動いていなくて、スピードなどあまり関係ない運行のようだ。

写真−3

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3はバスから見た風景で、こういった乾いた大地が延々と続き、天水頼りのこの辺りの農業は効率悪く、タイで残された貧困地域だという。

 この貧困地域にばらまき政策をして選挙で勝ったのがタクシン政権で、その余波は今もって軍が国を管理する異常事態を招いている。突き詰めると国内『利権』の在り所を巡っての争いだから、根本的解決は難しいだろう。

 この乾いた大地を順当にバスが進み、所々の町のターミナルで乗客の乗り降りを繰り返す。途中一ヶ所で、警察の検問があって、全ての車が停められてチェックを受けていた。

 バスも例外なく警官が車内に入ってきてこれは本格的だなと思ったら、こちらの顔を見ることもなく車内を一回りして終了。タイは
4月に戒厳令を解いていても、軍事政権が依然居すわっていてこういった管理は続いているのだろう。

 それにしてもこんな田舎の道で検問とはフィリピンの警察よりは仕事をやっているとは思うが感じは悪い。

写真−4

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4は延々同じ乾いた大地を走り抜けて着いたコーンケーンのバス・ターミナルでこの地方の中心であるために、規模は大きい。

 ここからネットで調べていたホテルへ直接行って宿泊交渉したら高い値段を言うので、ネットではいくらと値段が出ているというとしばし調べて、その値段では泊められないというので止めて他を探すことにした。

 コーンケーンではかなり良いホテルだったが、これからネット上で提示する価格の安い事を知ったが、ネットの提示価格で泊めれば手数料はホテルのものになるから得だとは思うが、何かの事情があるのだろう。

写真−5

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5はその足で歩いて見つけたすぐそばにあるホテルの外観。小綺麗な感じがするので、フロントに行って値段を見ると先ほど交渉したホテルの半分以下の値段で即決。

 タイ風ビジネス・ホテルといった趣で部屋の方はそれなりの設備だったが、悪くはない。

写真−6

 荷物を置いて、町へ出て行くが写真
6は交差点に囲まれた公園にあった廟で、面白いモニュメントがあり、参拝客が置いた人形のような物がたくさん道端に飾られていた。

 宗教的にそれぞれ意味はあるのだろうが、外人観光客には単なる面白いオブジェと見るのは失礼か。

 この町にも踏切近くにショッピング・モールがあって、名前は同じでその外観は北部に位置するウドンターニのショッピング・モールと同じで中の店も同じ。こうして金太郎飴のような面白味のない町が作られていくのだろう。


 
author:cebushima, category:タイ鉄道 各駅停車の旅, 18:51
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タイ鉄道 各駅停車の旅 (15) ラオスのパクセーからタイのムクダハンへ
 年初に行ったラオス南部旅行の回顧は終えて、各駅停車の項に戻る。

 パクセーでのんびり連泊して、その後どうするかとなりカンボジアへ行っても良いし、ヴェトナムでも良いなと考えた。いずれもバスで簡単に行ける。あるいはそろそろヴィエンチャンへバスに乗って真っ直ぐ帰るかと思ったが、前回パクセーへ来る前にサワナケットに泊っていて、そこからタイ側へメコン川に架かる橋を思い出した。

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 どうせならその橋を渡って帰るかと調べたら、サワナケット対岸の町は『ムクダハン』といって、何となくイスラム風の響きを持つ名前なので興味を引いた。

 パクセーからサワナケットへ行くバスに良いバスはなく、泊まったホテルで手配してもらって車上の人となる。写真
1はそのバス内で、結構速そうな良いバスに乗れたなと思ったが、道々で客を拾いながら進んで、ローカル・バスと変わらない歩み。

 停まる度にご覧のようにおばさん達が軽食や飲み物を売りに来る。中央で掲げているのは鶏の開きバーベキューで、これは鉄道の車内でも良く売りに来ていた。私は鶏肉を食べない人間で、余談だがケンタッキー(KFC)に入ったことのない今時珍しい人間でもある。

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26時間以上かかってサワナケットのバス・ターミナルに到着。そこに表示してあったサワナケットームクダハンを結ぶ国際バス時刻表で、1時間に1本程度出ていて最終は夜7時。

 最初、サワナケットに着いたら
1泊する予定だったが、この時刻表を見て今日の内にムクダハンへ行った方が良いだろうと考えを変えてこの国際バスに乗り込む。

 サワナケット―ムクダハン間に架かる橋は
2006年に竣工し『第2タイ―ラオス友好橋』と呼ばれ、第1友好橋がオーストラリア、第2は日本のODAで架けられ、1600mの長さがあって第11170mよりかなり長い。

写真−3

 ムクダハンまでは手続きを入れても
1時間程度で、写真3はラオスの入管を出て橋の上を走っている所で向こう岸はタイになる。

 席の隣に座るのは檜皮色の僧衣を付けた坊さん。どういうわけかこの隣の席しか空いていなくて、土地の人間もあえて僧職者に対しては敬して遠ざけるのか隣に座るのは避けているようだった。

 隣から窓越しに写真を撮っていると、カーテンを引いてくれて何やら解説をしてくれたが、タイ語だかラオ語だかの区別もつかず理解不能だったが、気の良いおじさんという雰囲気だった。

 この隣の坊さん、次の日にムクダハンの寺の前を通ったら、何枚も貼ってあったポスターに載っていた顔と似ていて、どうも偉い坊さんのようだった。

写真−4

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4はタイ側の入管ポイント。ラオス側と比べてかなり建物は大きく、特にトラックを通すように敷地を大きく取っている。

 これは『東西経済回廊』プロジェクトといって、インドシナ半島東のヴェトナム・ダナン港からラオス、タイ、ミャンマーまで西に向かって一直線に横断する道路を造り、物流の利便を計って経済の発展を目指している。

 全長
1450kmに及ぶが、ラオスの場合、このプロジェクトによってダナンからサワナケートにコンテナを運ぶことが出来、このためサワナケートには経済特区が設けられ日本の大手企業もボツボツ進出、ラオス南部開発が進むようになった。

 ムクダハンのバス・ターミナルに着いて今日のホテルを思案するが、できるならメコンの畔にあるホテルで数日過ごしたいと思ってトクトクの運転手に聞くが要領を得ない。ともかく川の方に行ってくれと連れて行ってもらった場所が写真
5のタワーの下。

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 運転手にすれば私もただの観光客、ここに連れて行けば良いのだろうと判断したのだろうが、仕方なく昇ってみるかと入るが、入場料を払って靴を脱いでエレベーターに乗るには面食らった。

 高さはどのくらいあるか分からないが、高い所なりに眺めは良い。写真
6はそのタワーからメコン川方面を撮った一枚で、対岸はサワナケートになり、渡って来た第2友好橋は遠くに見える。

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 この風景を見て年初の家人と一緒に行ったサワナケートでは、ラオス側の対岸からタイ側を眺めていて、そういえばこんなタワーや建物を見た記憶があった。

 タワーを降りてから道沿いを町に向かって歩いていたら、写真の道路左側に見える高いビルがホテルだったので今晩はこのホテルに泊まることにした。


 
author:cebushima, category:タイ鉄道 各駅停車の旅, 16:41
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