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台湾一周 鉄道旅 2020 その(26) 奮起湖駅構内を横切ってバス乗り場へ

【写真−1 現在開通しているのは2駅先の十字路駅まで】

 

 蒸気機関車の置かれている車庫を見ている時に、十字路行きの列車は写真−1のようにホームから離れた。奮起湖駅から十字路駅まで途中多林駅を経て距離は10.2キロ、標高は1534mに至る。そこから先は2009年の台風による水害で路線が寸断され不通。

 

【写真−2 帰りの便は予約を取らないでも乗れるのかも知れない】

 

 写真−2は奮起湖駅の出札窓口。平日は1日往復1本しか運行しない阿里山森林鉄道で、事前予約が取られている中、切符を直接買えるのも不思議だが、何れにしても十字路駅から折り返す列車に乗るようだ。写真を撮った側に駅の出入口があり、町へ通じる。

 

【写真−3 奮起湖の集落はホームの向こう側にある】

 

 阿里山行きのバス乗り場は駅構内を横切った丘の上にあることが分かり、その丘の袂から奮起湖駅構内を俯瞰したのが写真−3。標高1400mを越す地点にこの広い敷地が取れたために、ホーム2本と5本のレールを持つ奮起湖駅が発展したのが良く分かる。

 

【写真−4 下から上がって来たバスがUターンしてバス停に来る】

 

 阿里山行きのバス乗り場だが、事前にインターネットで調べた時はバス停はかなり下に歩いた駐車場敷地内にあるとあったが、バス停は変わっていた。バス停は屋根のある建物で、写真−5の時刻表が載っていたが、阿里山へ向かうバスは日に何本もない。

 

【写真−5 山の手側はいかにも山村の集落風で古道が通っている】

 

 写真−5は奮起湖駅を出てすぐの踏切で、写真の向こうが嘉義方面。左に見える白い建物は蒸気機関車が保存されている建物。阿里山森林鉄道にいくつぐらい踏切があるのか知らないが、平地の嘉義駅−竹崎駅間は多く、山間部に入ったらいくつもなかった。

 

【写真−6 ここで降りた乗客はバスで阿里山へ向かうか駅近辺で観光】

 

 踏切を渡ると下りの自動車道路が写真−6のように伸びている。この道は奮起湖駅に繋がる道で、下って行くと駅舎から来る道とぶつかる。この道を下っている時は楽に歩けたが、その反対の上りには息が切れ、やはり標高が高いため空気が薄いのかと思った。

 


 

author:cebushima, category:台湾一周鉄道旅 2020, 22:14
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新幹線全線乗車の旅(ジャパンレイルパス) 2019年 その(46) 鹿児島市電に乗って天文館通へ

【写真−1 車両の冷房化は全国の路面電車の中でかなり早かった】

 

 今回の旅の最初で北海道新幹線で函館へ行ったが、吹雪模様で外に出るのも厳しく、楽しみにしていた函館の路面電車には乗れず、鹿児島市で乗ることにした。写真−1は鹿児島市電の電車で、専用の停留所があり路線中央に芝生帯があるのが目に優しい。

 

【写真−2 中央の芝生帯は見た目だけでなく温暖化対策になっている】

 

 夜半に鹿児島の繁華街、天文館辺りで夕食を摂ろうと中央駅前の停留所に行くが、写真−2で分かるように停留所で電車を待つ人が多い。鹿児島市電は年間1千万人以上の利用者があり、黒字決算というから赤字の多い地方の路面電車の中では珍しい。

 

【写真−3 乗客は少し薄着の感じはする】

 

 写真−3は市電の車内の様子で、席に座ってスマホに見入って俯いているのは世界共通で南の鹿児島も同じ。得てしてこの手の公共交通利用者は車の運転が出来ない老年層に偏るが、利用者の顔触れを見ると若い人も多く、鹿児島市電が黒字というのが分かる。

 

【写真−4 バスよりは安定感はある】

 

 中学生の頃に都電で通っていたが、その時乗る場所は運転席横か写真−4の後部。運転手の運転操作を見ながら一度運転したいなと思った。その頃の都電と比べて、運転台の基本的な配置はそう変わっていなくて、車掌が消えてワンマンになったことが違う。

 

【写真−5 この先は鹿児島駅に至り行きたかった駅である】

 

 鹿児島市電の始まりは1912(大正元)年で、現在鹿児島駅前を起点に2路線を運用している。その一つの鹿児島駅前−群元線の鹿児島中央駅から4つ目が写真−5の『天文館通』停留所。もう一つは鹿児島駅−谷山間を繋ぎ、総延長は2路線で13.1キロ。

 

【写真−6 昔ほど人が来なくなっているのではないか】

 

 天文館通は薩摩藩がこの場所に天文台を置いたことから来ていて、鹿児島県内は勿論九州でも大きな繁華街になる。市電の『天文館通』停留所を降りると左右に写真−6のようなアーケードが伸びる。曜日、時間帯があるにせよ人は少なく地方の衰退を感じた。

 


 

author:cebushima, category:新幹線全線乗車の旅(ジャパンレイルパス) 2019年, 23:13
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ミンダナオ島紀行 ダヴァオ篇 2019 その(20) ダヴァオ国際空港からセブへ (最終回)

【写真−1 フィリピンの教育ビジネスの見本のような学校】 

 

 マニラ国際空港へ行く道すがら、写真−1の建物を見る。ここは『ミンダナオ国際大学』校舎で、ダヴァオは戦前から日本人との繋がりが深く2002年に日本人の寄付で発足した。一度訪問しているが、今は内容は充実しているようだ。


【写真−2 この飛行場のためか街が分断され道がかなり複雑】

 写真−2の車窓右側に広がる平地はダヴァオ国際空港で、3000mの滑走路1本を持つ。この飛行場は戦時中に日本海軍の航空隊基地が置かれ、1944年10月25日、ダヴァオ基地から飛んだ隊が初めての特攻戦果を挙げた歴史を持つ。
 

【写真−3 旧ターミナル・ビルと比べて格段の設備と広さ】

 

 写真−3は空港の建物に入る地点。この建物は2003年に開業したが反対側彼方には旧ターミナル・ビルが残り、初めてダヴァオへ行った20年以上前は旧ターミナルを利用した。2003年に旧ターミナルで爆弾事件があって警戒は厳重。

 

【写真−4 ダヴァオを地盤とする大統領が生まれなければ普通の空港】

 

 ターミナル・ビルへの入り口の様子が写真−5で、地方の空港という感じで、乗り入れている航空会社は10社に満たなく、国際空港と名乗るほどではない。ビル前に車を駐車できた印はあるが、今はビルには車では近寄れず徒歩のみ。

 

【写真−5 この空港からインドネシアのマナドへ行く便が出ている】

 

 ターミナル・ビルの中の様子が写真−5。左が出入り口で、搭乗客は正面に見えるエスカレーターで2階へ。この空港の利用者数は2018年で450万人弱なのに、ダヴァオ出身のドゥテルテ大統領在任中を狙って拡張、改造が行われる。

 

【写真−6 フィリピン航空も新型コロナ騒ぎで青色吐息】

 

 フィリピン航空のカウンターが写真−6で、同航空は赤字続きで倒産危機に面している。ダヴァオから日本への直行便の話題は上がるが、ダヴァオ市を含めミンダナオ島の在留邦人数からドゥテルテの政治力を使っても見込みは薄い。

 

 違法薬物関与者抹殺政策で世界的に知られるドゥテルテ大統領だが、フィリピンでの人気は高く、80%近い支持率を誇り、アセアン諸国内で高い成長率にしても、政策ではなく世界経済の波に浮かんでいるための成長率で自助努力から生じているものではない。

 

 しかも、任期半ばを過ぎてそれ以外にやっていることは海外から借金をして巨大プロジェクトを任期中に造り上げることで、『プロジェクト・バブル』であってフィリピンの根本的問題である『貧困』は減らず格差はますます開いている。

 

 2022年の大統領選には自身は副大統領に回って、現ダヴァオ市長である長女を大統領候補に推すなどというヤクザ一家顔負けの話が真面目に語られている。フィリピンの政治環境というのは奇奇怪怪、度し難い。

 

【了】

 


 

author:cebushima, category:ミンダナオ島紀行 ダヴァオ篇 2019, 19:35
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