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フィリピン事件帖 2010 (25) 今年で5人目、日本人射殺事件
日本人5人目の射殺事件 写真で分かるように、フィリピン唯一の日刊邦字紙『まにら新聞』の1130日(火)版にこの事件が載った。

 事件は報道される6日前の24日夜9時頃に射殺体で見つかったが、身元が遺体を保管していた葬儀社で確認されたのは26日だった。

 これも被害者と一緒にマニラを訪れていた日本人友人の届け出があったためで、同行者がなかったら確認はもっと遅れていたであろう。

 こういった外国人殺人事件は、こちらの英字紙に載るが今回の場合は私も気が付かなかったから、記事になっていなかったようだ。これが、セブの場合、外国人殺人事件だと必ず地元テレビ、新聞は必ず取り上げるから分かり、日本人は『ジャパニーズ・ナショナル』と報じられている。

 この事件の犯行現場はマニラ中央郵便局裏手の通りで、写真で分かるように左側はパッシグ川の堤防になる。被害者は35歳で数発の弾を撃ち込まれていて即死。

 何度もフィリピンに来ていて今回は21日に友人と一緒に来たが、その目的は観光だろうが詳しくは分からない。新聞の記述によると当日、友人とマニラの中華街として有名なビノンドで食事後、被害者は友人と別れて犯行現場に向かって歩いていたようだ。

 ビノンドは犯行現場の川の向こうにあり、歩いて橋を渡るようになるが、夜更けにしかもフィリピン人でも注意するような地域を、外国人が橋の上を歩くなど危険極まりなかった。ただし、犯人が被害者と顔見知りで一緒に話しながら歩いていた可能性もある。

 ホームレスが犯行を目撃していて、犯人から鞄を盗られそうになって抵抗したために銃撃されたという。かつてこういった事件は保険金の絡んだ事件が多かったが今回はどうであろうか。

 この事件で今年は日本人が5人殺されたが、どの事件も犯人は捕まっていないし、捜査そのものが行われているのかも分からない。金を出さないと動かないフィリピン警察は信用しない方が良い。

 2007年に同じマニラで34歳の日本人が路上で射殺された事件があって、それが先日一審の裁判結果が出た。珍しく逮捕、起訴された人物は現職警官で判決は無罪だったが、この事件も目撃者証言重視であやふやな所が多い。

 射殺された日本人も胡散臭い感じがあって、射殺時に載っていたバイクなどフィリピンでは珍しいカウリング付きレーサー・タイプで、観光客が乗るような代物ではない。この事件も一審裁判が終わって迷宮入りであろう。外国で殺されたら殺され損と思うしかない。
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author:cebushima, category:フィリピン事件帖 2010, 13:10
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11月30日(火) 晴れ、軽風 閑話休題 《 外国で思う、花の下に死なん 》
花に囲まれて死なん 『願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ』と詠んだのは73歳で死んだ西行だった。

 写真は日曜日、知人の墓参りにセブ市郊外の墓地へ行った時、近くの埋葬場所を撮ったが墓碑が花に囲まれて美しく飾られていた。

 芝生の具合から相当前に埋葬され、昨日あたりに親族が集まって偲ぶ催しがあったのだろう。こちらの葬儀は日曜日が多く、この日もあちらこちらで埋葬準備がされていた。

 この墓地は民営だが、敷地の一角には平屋の墓所があって、それぞれ勝手なデザインでびっしり建てられている。その多くは中国系になるが死んでもこのように誇示しなければならないとは哀れさを感じる。

 中国系は死生観がまた日本人とは違い彼ら独自の墓地を持つ。中国系知人の墓所に行ったことがあったが、その大きさ、華美さから日本の墓など粗末に見えた。

 日本人も戦前は海外に日本人墓地を持っていて、このセブにもあった。以前、ボルネオ島のサンダカンに行った時、からゆきさんの墓地を訪ねたが、山崎朋子の著述で知られるまでは草木に埋もれていた。

 戦前のセブ日本人墓地の今はスクオッター(不法居住者)が住み着き、かつて墓地だった形跡は微かにしか残っていない。

 何年か前に現在のセブ日本人会がセブ郊外に墓所を設け、日本人の無縁仏を埋葬するようにしているが、外国で死ぬということはなかなか切ないものである。

 こちらに住む日本人で葬式代だけはあるから後は頼むという人間がいるが、死ぬのはその本人であってもその後始末は知人、関係者が骨を折るので勝手な言い草で死んではどうかと思う。

 そういう人はシャベルを持って自分で山に穴を掘って、そこで死んでくれた方が何にも迷惑をかけないので勧めたい。それでも上から土をかぶせるのは他人の手を借りなければならない。

 ましてや、日本人会が用意した無縁墓地に納めてくれという日本人の話を聞くと、何のために異国で孤独の境遇になっているのかと暗然とすると共にその境遇に言葉を失う。
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author:cebushima, category:閑話休題2010年11月, 10:35
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11月29日(月) 晴れ、軽風 閑話休題 《 日曜日に見たRed Beard=赤ひげ 》
赤ひげ 以前買ったDVDをチェックしていたら、まだ見てないのがあり日曜日の夜半にそれを見た。

 写真のDVDは相当前にセブで買ったが、黒澤明の羅生門、用心棒、椿三十郎、乱、夢、まあだだよ、そして日曜日に見た赤ひげの7本が入っている。

 どの映画も羅生門以外は封切りで見ているが、今回の赤ひげは高校生の時に見た。黒澤映画は中学生の頃から面白さが分かり、以後見続けているが何度見ても飽きない。

 赤ひげは3時間を超す超大作だが、製作中から話題も多かった。今回見て、その映画作りの熱はヒタヒタと伝わってくるが、この次に製作したドデスカデンを最後にさすがの黒澤もスランプに入った。

 黒澤組と称した製作陣の物故者は多いが、脚本ではそれぞれ一流の脚本家を数人もそろえるなど今ではとてもできない手厚い映画作りだった。

 黒澤の映画は音楽にも特徴があって、佐藤勝の赤ひげの音楽だけは強く印象に残っていて、今回も出だしを聞いてそのメロディーは蘇った。

 出演者も既に物故した人も多く、懐かしい顔ぶれが多かった。映画の中で覚えているのは子どもの『馬になりたい』シーン位で、その昔いくら感動したとはいえ記憶からボロボロ落ちている。

 主役の赤ひげを演じる三船敏郎の全盛期でもあり、黒澤映画といえば三船だったが、両人は仲が悪かったそうだから面白いものだ。加山雄三も若い姿を見せ、相変わらずの大根ぶりが清々しさを出している。

 清々しさといえばこの映画でデビューした内藤洋子は当時相当な話題になった。ある時、鎌倉へ遊びに行った時、その実家の医院まで行ったことがあって、後にも先にも芸能人の家を見に行ったのはそれだけで今思うと懐かしい。

 黒澤が選んだだけあって今の女優にはない持ち味があり、なかなか傑出した雰囲気が出ていて、早々と芸能界から引退したことも印象に残る。

 その他、文化功労章の杉村春子の伝法な演技など、ずいぶん贅沢に黒澤は俳優を使っていたのだと見直した。黒澤もカラー作品以後はいまいちの感じがあり、泥臭いヒューマニズといわれながら、もう日本の映画界では作れない作品でもある。
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author:cebushima, category:閑話休題2010年11月, 09:20
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