12月31日(木) 曇り、中風 閑話休題 《 フィリピンの株価 》
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2009.12.31 Thursday
私は株には興味は無いが、数字の動きは注視している。
日本は日経平均10,546円余で大納会となった。20年前、バブル最盛期の1989年12月29日の史上最高値38,915円と比べると3分の1以下である。
20年経っても回復しないのはバブルが異常だった証明になる。あれを日本の絶頂期と考えると、後は下降するか横ばいになるのが歴史の常で、相変わらず昔日の栄光を求める日本の政治、経済は何も学ばず生み出していないのが分かる。
フィリピンの証券取引所はPhilippine Stock Exchange (PSE)と言って、マニラ首都圏マカティ市にある。(図はPSEのロゴ)
ここの本年最終株価が3,052ポイントだった。ミレニアムの2000年になる前にフィリピンの株価は1,600位だった。当時、2000年には株価が2,000ポイントを超えるかどうかとゴロ合わせで話題になっていた。
なかなか2,000を超える事が出来なかったが、この9年間で2,000を超えて3,000台まで行った。小さなバブルがフィリピンにあった証拠である。
これがリーマン・ショック後の今年は10年前の水準まで落ち込んだ。しかし、3月に2,000台、11月に3,000台を回復しここに至った。
昔からフィリピンを知る者としては、フィリピンの株売買などインサイダー取引で成り立っていると思うからとても信じられない。大統領自らや、親族が株のインサイダーで儲けた話などたくさんある。それでもフィリピンで株をやる人間が多いのは、経済活動としてより『博打』の感覚が強いのではと思う。
100年に1度の経済恐慌を招いたアメリカのウォール街の連中はその典型的な輩である。会社を破綻させて高額の金を取るなど、資本主義の原則に反する行為だった。儲ければそれだけ見返りがあって当然だが、赤字にしてもらうものはもらうではおかしい。
金融工学などと錬金術のシステムを考えた連中は懲りずに息を吹き返しているが、何度痛い目にあったら目が覚めるのだろうか。打たれても息を吹き返すから経済人ではなく『博打うち』と言われる由縁なのだろう。
新・へそ曲がりセブ島暮らし100景 その49 年末とゴミ
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2009.12.30 Wednesday
フィリピンには仕事納めの慣習はない。クリスマス明けから普通に仕事を始める。
フィリピンには制定した祝祭日が年17日間あるが、今回調べたら大晦日も元日も祝日になっていた。
30日は『ホセ・リサール』の日、31日『大晦日』、明けて1月1日は『元日』で連休になっている。以前は、大晦日も元日も関係なく仕事をしたから、いつの間にか決めてしまったようだ。
あるいは、私の記憶違いかも知れないが、フィリピンに来た当時、元日に普通に仕事をやった記憶が強烈に残っている。正月よりもクリスマスの方が重要で、国が違えば考えも違うのだと学ばされた。
日本ではこの時期に大掃除をするが、こちらではそう言った事はしない。日本のように粗大ゴミをボンボン捨てるような国情ではなく、いつまでも大切に使い取って置く。
ところが、いわゆる塵芥については捨て放題である。写真はモール内のゴミ箱を撮ったが、歩きながら飲んだカップばかりが捨てられている。消費者も問題だが、これを提供する店はもっと問題が多い。
こう言った店は自店で出したゴミがどのように処理されているか考えが及んでいない。歩きながら飲食させるなどもっての他である。
こういった飲食方法はアメリカから生まれているが、アメリカもろくでもない事をしている。その意味では私は立派な『反米』である。客からゴミ処理費として十%上増しして販売したら、こう言ったみっともない事は減るのではと思っている。
フィリピンには『スカベンジャー』と言ってゴミを収集して生計を立てている人が多い。昔の日本にも『バタヤ』とか『クズヤ』と言った人々が町内を回っていたが、今はもう居ないのだろうか。
ゴミは生活している上で必ず生じるが、ゴミの減量を考えなくてはいけない。最近、私の住む町内でもゴミの分別収集が始まった。最初の一歩である。