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空想旅行記2020 第1回 『特急を中心に廻る日本一周 鉄道の旅』 9日目=佐世保⇒新鳥栖⇒鹿児島中央⇒西大山⇒鹿児島中央⇒宮崎

【今も軍港として機能する佐世保から鹿児島へ】

 

【写真−1 佐世保観光協会HPより 手前右に海軍基地左には平瀬橋が見える】

 

 佐世保といえば『原子力空母エンタープライズ』を思い浮かべるように、横須賀と並んで軍港として発展した街で、同アメリカ海軍基地へのエンタープライズ寄港阻止闘争があったのは1968(昭和43)年1月、佐世保川に架かった『平瀬橋』でのデモ隊と警察の衝突は生々しく記憶に残る。

 

 本日の出発は9時近いので早起きして、駅近くの平瀬橋を見てからタクシーで佐世保港全体を見下ろせる、写真−1の『弓張岳展望台(標高364m)』へ行く。基地を見下ろすには最高の場所だが、反対側には景勝地の『九十九島』が広がり対照的。

 

 アメリカの空母で思い出したが、1980年代にフィリピンの米軍アジア最大の『スービック海軍基地』を見下ろす丘から巨大な空母の姿を見たことがある。当時は空軍の『クラーク基地』も健在で、B−52が編隊を組んで黒い煙を吐きながら上空に飛んでいるのを目撃している。

 

 そのスービック、クラーク両基地はアキノ(母)政権になって完全返還に至るが、その分沖縄に負担が増した。この元両基地、今は経済特区として開発中で変われば変わるものである。そういえば空母エンタープライズも2012年に退役し解体中というから、時代は確かに流れている。

 

【写真−2 ジャパンレイル・パスだからグリーン車を利用するが普段は縁はない】

 

 佐世保から8:47発の行きに乗った同じ車両の特急『みどり8号』に乗車し、新鳥栖に10:07に到着。そこで10:36発鹿児島中央行きの九州新幹線『さくら373号』に乗り換え、鹿児島中央から指宿枕崎線に乗って鉄道駅最南端の『西大山駅』を目指す。

 

 新幹線全線乗車の旅で京都から博多まで『さくら』を利用しているが、その時はどういう訳かグリーン席は満員で予約が取れず、仕方なく自由席に座り、2席×3席配置はさすがに狭いと思った。写真−2は『さくら373号』のグリーン車の様子で、自由席はともかくグリーン席に座っている人はほとんどいない。

 

【西鹿児島駅から鹿児島中央駅に変わったが】

 

【写真−3 こうして地方の玄関口の特色は失っていく】

 

 鹿児島中央駅には11:58に到着し、1時間22分の乗車で九州西岸を駆け抜け南のこの地に来れるとは九州が狭いのか新幹線が速いのかと思うが、その両方だろう。写真−3は鹿児島中央駅の正面で、東急ハンズや観覧車などがあってかなり様変わり。

 

 鹿児島市には新幹線全線乗車の旅で駅前の東横インに泊まっているが、早や発ちのために桜島を近くで見ることが出来ず、駅の2階からビルの間に微かに影のように見える桜島を見ただけで、桜島は駄目であったが市電に乗れたことは良かった。

 

【写真−4 特急整理券を求めて並んだのは駅前に張られたテント内だったと思う】

 

 高校生の時、東京から各駅停車列車を乗り継いで西鹿児島駅まで行ったが、当時は東京−大阪間に夜行の長距離各駅停車列車が走っていて、今では考えられない鈍行長距離列車が日本中で普通に運行されていた。その時、帰りは急行『桜島』に乗って東京まで真っ直ぐ帰って来たが、24時間以上かかった。

 

 その急行『桜島』の座席整理券を『西鹿児島駅』で長時間並んで取ったが、写真−4は当時の駅舎の写真で確かにこの様な駅であった記憶がある。1996(平成8)年に取り壊され、2004(平成16)年の九州新幹線部分開業時に駅名は『鹿児島中央』改称し、写真−3の様変わりしてビックリした。

 

【日本最南端の西大山駅に降りる】

 

【写真−5 車止めのある線路からの発車は趣がある】

 

 鹿児島中央から写真−5の指宿枕崎線の12:05発の普通列車に乗り換える。指宿枕崎線は鹿児島中央駅から枕崎まで87.8キロ、全線単線の非電化路線だが、JR路線最南端を走る。

 

 写真−4で触れた急行『桜島』の話には続きがあって、この時は最南端の駅は指宿だと思い込んで指宿まで足を伸ばした。指宿は『砂蒸し』で知られる観光地だが、海岸に出て砂浜を歩いたら砂が温かったことを覚えている。また、海岸で急行『桜島』内で食べようとカレーを作りご飯を炊いていたら、見知らぬ人から家でご飯を食べて行けと誘われご馳走になったが、そういう時代でもあった。

 

【写真−6 何時間でも眺めていたい風景】

 

 指宿駅から3つ目が『西大山駅』で、13:38に到着し鹿児島中央から1時間半ほどの乗車。この駅は無人駅だが写真−6のようにホームの端に大きな『日本最南端の駅』の標識が建ち、綺麗な稜線を持つ『開聞岳』が間近に迫る。これで、今回の旅の目的である東西南北の端にある駅を訪れた。

 

 開聞岳の標高は924mとそれ程高くはないが、その流麗な姿から『薩摩富士』とも称される。海岸から聳える単独峰であり、戦時中には近在と九州各地には陸海軍の特攻隊基地があり、特攻機の搭乗員は開聞岳を今生の別れとして視認した話が伝わる。

 

【鹿児島中央駅に戻り宮崎へ】

 

【写真−7 JR西九州で走る特急はこの型と塗装が多い】

 

 西大山駅発14:18の普通列車で鹿児島中央駅に折り返すが、30分の滞在時間があって写真を撮るには充分であった。鹿児島中央駅には15:49に到着。そこから本日最後の列車、特急『きりしま14号』に乗車して宮崎へ向かう。

 

 写真−7が特急『きりしま14号』で、鹿児島中央駅発16:18、宮崎着18:26、2時間余の乗車になる。精悍な形と塗装の先頭車両は『クモロ787系』で、4両編成、グリーン席は最後部になり、例によって2席と1席の配列。

 

【写真−8 日豊本線の山を挟んだ裏側にえびの高原線が走る】

 

 特急『きりしま14号』は鹿児島本線と日豊本線を走るが、鹿児島本線上は3キロ余離れた鹿児島駅までで、その先は日豊本線となるが、日豊本線は鹿児島駅から宮崎、大分を経由し福岡の小倉駅までで462.6キロとかなり長い。

 

 特急名に採用されているように霧島山の麓を走るが、ここも北海道の大雪山と同じように霧島山という固有の山はなく、写真−8の標高1700mの『韓国岳』が最高峰。高千穂伝説のある地域で、季節になると真っ赤に染まる『キリシマツツジ』の群生で知られ、その時期に行きたい所である。

 


 

author:cebushima, category:空想旅行記 2020, 18:04
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