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へそ曲がりセブ島暮らし2020年 その(8) 福島第二原子力発電所のある双葉郡楢葉町にて

 昨年11月に福島県楢葉町役場へ行く用があった。楢葉町役場には常磐線竜田駅で降りて歩くかタクシーで行くしかないが、荷物もあったので駅前に停まるタクシーを利用した。

【写真−1 役場を含めてこの辺りは丘陵地になっていて津波の影響は受けない】

 その時駅前で見かけたのが写真−1の『避難経路』看板で、想像するにこれは楢葉町は東側に長い海岸線を持っていて、2011年3月の東北地方沿岸を襲った大津波以降に作られた物で、町内にある原子力発電事故には役に立たない。


 この地域の長い海岸線と産業の乏しさを狙って、東京電力が楢葉町北方の大熊町に福島第一原子力発電所を建設着工したのが1967年で、1971年には運転が開始された。

 続いて1975年、楢葉町に福島第二原子力発電所が着工され、1982年に運転が開始され、福島は日本海側の福井県と並んで『原発銀座』の異名を取るようになる。

 と書くと簡単に事業は進んだようだが、地元の反対運動もあり簡単ではないものの国と東京電力は金と汚い優遇策に物を言わせて反対を黙らせ、地元を支配下に置いた。

 これは日本に限らず、世界の原発立地場所には共通している手法で、原発立地自治体も貧しい先の見えない状況があったにせよ『金に目が眩んだ』と批判されても仕方がない。

 それが2011年3月11日の大津波によって第一原発は全ての電源を失い、制御不能になって原子炉の暴走が始まり、翌12日6基ある原子炉中3基が水素爆発を起こし、建屋上部は全壊し放射性物質が大量に撒き散らされた。

 電気を商売にする電力会社が全部の電源を喪失するなど恥もいいところで、何を考えていたのかと呆れるが、巨大な津波が福島原発を襲う危険性も警告されていたが無視し、そういったことは全て『想定外』という便利な言葉で片付けられている。

 さて、写真−1に戻るが、避難場所になっている楢葉北小学校は2018年の在校児童数は41人、教職員は10人の計51人の学校で、楢葉町にはもう一つ小学校があって、そちらは楢葉南小学校で在校児童数は27人、教職員は10人の計37人と少ない。

 

 2年前の数字で今は増えているのか減っているのか分からないが、楢葉町の小学生総数は現在100人前後、過疎化の進む自治体の規模と同等といって良いであろう。
 

【写真−2 運行費は原発マネーからか】

 

 楢葉町は福島第一原発からおよそ20キロくらい離れているが、爆発以降は全町民が避難し、南のいわき市や会津地方の会津美里町に庁舎を移し、町民もその地の仮設住宅に入った。

 2011年8月から11月にかけて小生は被災者支援のために岩手、宮城、福島3県を回り、福島では会津美里町やいわき市の避難者住宅も回ったが、急ごしらえの避難者住宅群を見てこれからどうなるのかと思った。

 その中で、一番印象的なのはいわき市の被災者住宅にポツンと住んでいた老婦人で、身内が有無をいわせず連れて来たために、避難者住宅に住んでいるのが分からず、ここはどこですかと聞かれたことであり、当時の混乱ぶりを感じた。

 あれから9年経って、原発爆発避難者はもとより津波被災で避難した被災者住宅の人々のその後はどうなっているのかと、気持ちは思うが時間が忘れさせてしまう。

 全町民避難の楢葉町は2012年8月になって宿泊はできないが立ち入り解除、他の自治体に分散していた役場も戻るなどして、2015年9月に全面解除となって町民の帰還が始まった。

 楢葉町の人口は全員避難時には7500人を超えていたようだが、町が発表する現在の最新人口は6789人、世帯数2959となっている。

 その数字だけだと以前のように人口は復活しつつあるようだが、楢葉町の資料には居住者数という特別な項目があって、それによると3927人、1991世帯とある。

 しかし、これにもからくりがあって、実際に町内に住んでいるのは1616人、居住率22.3%という数字が町の統計に出ていて、この数字は原発被害に遭った町がいかに苦しんでいるかを現すもので、帰りたくても帰れない元町民の実情を物語っている。

 写真−2は竜田駅前にあった『スクールバス停留所』だが、楢葉町には先述した小学校2校、中学校が1校あり校舎を統合した形で授業が行われ、両小学校は統合される予定となっている。

 原発避難当時から比べると楢葉町の児童生徒数は2割程度にしか達せず、いかに町内居住が安全であると呼びかけても親は躊躇し、長い年月の間には避難先で定住する家族も多く元には戻らない。

 ただし、町内に住む0歳から4歳までの乳幼児が100数十人いるらしく、小学児童は増える可能性はあるが、この数字は東電以下の原発廃炉関連会社従事者家庭の子どもの様な気がして、元からの町民ではないような気がする。

 

【写真−3 これでも地味な建物で原発誘致自治体は法外過ぎる箱物が多い】


  写真−3は楢葉町役場の正面。楢葉町も莫大な原発マネーが投下されていて町内の公共建築物は立派で、この役場場所は変わっていず、子どもの頃訪れたような気がしその頃は木造の田舎の町役場然とした印象が残る。

 楢葉町の原発マネーの極め付けがサッカーの『Jヴィレッジ』で、新しい駅まで造られ、福島原発事故の悪いイメージを払拭させる意図から、東京オリンピックの聖火をここからスタートさせるという。

 しかし、廃炉にするには数十年、兆円の金を使ってもその見通しはついているとはいえず、特に放射能汚染された水を溜め込んだタンクが1000基にも達して限界が近づき、薄めて海に放出することが検討されているから、前に進んでいないことは明らか。

 

 また、除染で集めた土は袋に詰めて定めた臨時の敷地に山積みで、昨年11月に楢葉町からいわき市を経て高速バスで福島市へ出た時に、高速道路で車体に汚染土を運んでいると表示したトラックの隊列を目撃し、まだ続いているのかと驚かされた。

 

 汚染水といい汚染土といい、処理はこの9年で全く解決されていなくて、安倍が『アンダー・コントロール』などと世界に大嘘を付いていたのがこの夏に開催される予定の東京オリンピックだが、どういう面を下げて安倍は開会式を迎えるのであろうか。

 

 ところが、昨年12月から始まった新型コロナ・ウィルス騒ぎで、オリンピックどころではない状況となり、延期論や中止論が勃発している。

 

 オリンピックなど単なるスポーツ興行に国家の見栄が乗っているだけと思う小生としては『天網恢恢疎にして漏らさず』で、安倍自民党の悪だくみがここに来てウィルスによって破綻しつつある。

 

 オリンピックを商売として利用していた企業は勿論、当のオリンピック委員会も真っ青だろうが、中止になっても放映権を独占するアメリカのテレビ会社は保険を掛けているから痛くもなく、世の中は上手く立ち回る人間に有利に出来ている。

 

 と書いていると第92回選抜高校野球大会の中止が決まった。中止は戦時中の1942年〜1946年以来の74年ぶりというから、コロナ・ウィルス対策も戦時体制と同等となり、何だか怖い状況に近づいた感じだ。

 


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2020, 19:29
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