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この一枚2019年 セブ篇 その(15) セブのD・I・Yの店から

 『Do It Yourself』略してD・I・Yは実用と趣味を兼ねて、かなり発展した分野になるが、拙宅から車で10分ほどの所にD・I・Yに近いホームセンターの店舗がある。

【趣味より実用的な建材店だが家造りでは一通りの材料が揃う】

 写真がその店舗内の様子で、写真でも分かるようにD・I・Yの店というより建築用材店といった方が良いが、その在庫種類は数多く眺めて回るだけでも飽きさせないが、フィリピンではこの手の店は業者向けの面も強く、零細な建築業者が素材を大量に仕入れのために出入りしている。

 日本でD・I・Yの店として知られるのに東急ハンズがあり、1976年に神奈川の藤沢店を皮切りに1978年に渋谷店が開業した時は、物珍しく都度足を運び、海外に出ても帰国する度に渋谷店へ行くのが楽しみであった。

 東急ハンズは趣味の要素の強い品目を多く扱い、他のいわゆるホームセンターとは毛色は変わっていたが、近年は登場した頃の熱気は失せていて、小生も日本へ行った時に足を運ぶこともなくなった。

 

 東急ハンズは新興都市に住む中級の若い層を狙った商売で、国内に多くの店舗を展開しているが、小生の実家のあった東京・千住の駅ビルに東急ハンズが進出した時には少々驚いたが、会社全体の年商1000億近い会社なら当然か。

 千住はイトーヨーカ堂の発祥の地でありながら老人の町といわれて久しく、昔ほど活発な地域ではなくなったが、近年工場跡地に大学がいくつも誘致され若者の姿が目立ち、また、都内でも有数の交通の要所ということで、近年は住みたい街の一つに挙げられている。

 

 あれほど地盤沈下の激しかった商店街も活気を取り戻しているというから変われば変わるものだが、昔からあった店はなくなり、どこの駅前でも見られる無味乾燥なチェーン店ばかりが進出し金太郎飴のような街になっているのは否めない。

 さて、写真の店の説明をするが、建材店のようなものと書いたが、ここでは例えばドアーや便器、浴槽といった水回りやそれに関わる様々な取り付け部品を揃えているし、照明器具や、電材も豊富に揃えている。

 

電動工具類も多いが値段の関係からか中国製の物ばかりで、見た感じは日本製と良く似ているがその性能は使ってみなければ分からないが、日本も欧米諸国のコピー製品を作ることから始まっているからとやかくいうものでもない。

 フィリピンの家造りはかつては木造であったが、今はほとんどがブロック造り、床はコンクリートのためにその上に張るタイル製品は充実していて、あれこれ色取り、風合いを考えてタイルの色を決めるのは面白い。

 

 建材といえば木材になるが、この手の店はアメリカから輸入した針葉樹の規格化された材料を扱っているために値段はかなり高いし、種類も少なく、そのため伐採の許されている椰子の樹を製材して使うことが増えている。

 その他の建築に使う木材はいわゆる材木屋で手に入れることはできるが、フィリピンはかなり前から国内産樹木の伐採は禁止され、現在は木材の輸入国になっていて、国産の木材で家を造るというのは木の産地以外では難しくなっている。

 木の産地と書いたが、その出回る多くも密伐採が多く、法律通りにやっていたら木の家は建たないが、木材業界というのは昔から法律外で動いていた業界であり、お金さえ出せば手に入るという不思議なところでもある。

 

 また、木の家というのは生活する上で人間に優しい環境になるが、亜熱帯の地で活躍するシロアリなどには弱くその被害を止めるためにもブロック造り、タイル張りの家になってしまうのは仕方がないともいえる。

 

 フィリピンは1970年代までは木材輸出が主産業であり、伐採された丸太や製材品の多くは日本に運ばれ、このフィリピンやインドネシアなどで産する南洋材が日本の住宅建設ブームを支えてきた歴史を持つ。

 

 そのため、フィリピンの山は日本が禿山にしたという批判もあり、日本の丸紅などの商社とフィリピン側の木材ブローカーが大儲けしていたという話も残るが、そういった時代を知る日本人も少なくなった。

 

 さて、日本で家を建てるというと工務店や建築会社に頼むのが普通だが、フィリピンでは材料と作業員を手配し、日当を支払って造らせるのが一般的で、手配した作業員は現場に泊まり込んで仕事をすることが多い。

 現場に簡単な小屋がけをし、自炊をしながら作業する様子からは、意外と勤勉なフィリピン人の姿を感じられ、家族を離れて海外に働きに出ることを苦にしない一端が伺える。

 

 そういえば、タイでもメコン川沿いにあるノンカイにはかなり大きなホームセンターがあって、そこへ行くのもラオス・ヴィエンチャンに住んでいた時の楽しみでもあったが、中進国のタイはこの手の商売は増加していた。

 こういった建材など、いわゆるハードウェアといわれる材料を扱う店はフィリピンでは中国系が独占していて、写真の店も中国系で、建材の中でも木材関係は100%中国系が扱っているといっても過言ではなく、その商売の巧さにも驚く。

 こう書いていて思い出したが、中米ホンジュラスに住んでいた時に、車を駆って山道を超え首都へ出て色々な材料を買ったことを思い出した。

 一番大きい買い物は木工用の機械で、現地で日本の神輿を製作する名目で手押しかんな盤やプレーナー、丸鋸盤など何れも小型であったがそれなりに役に立ち、帰国の際は現地に寄付してきたがあれからだいぶ月日が流れて、それら機械はまだ動いているのかと懐かしむ。


 

author:cebushima, category:この一枚2019年 セブ篇, 19:32
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