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へそ曲がりセブ島暮らし2019年 その(39) 世にも不思議な消えたフィリピン版『強制慰安婦』像

 中曽根康弘という名前は既に過去の人となっているが、1980年代に6年近く日本の総理大臣の椅子に座った人物で、1918年5月に生まれ現在も存命で101歳になる。



 この元首相は先の戦争中に海軍主計中尉を任官し軍務に就いたが、主計というのは軍内部の経理を担当する役割を持ち、最後は少佐で敗戦を迎えた。

 経理という職掌柄最前線には出ないように思うが、中曽根は輸送船団に乗り込みフィリピン・ダヴァオにも来ているが、その後インドネシア沖で交戦国の艦船から攻撃を受け九死に一生の目に遭っている。

 この元首相が現地『慰安所』開設に主計将校の時に関わった文書が残されていて、『戦争と性』というのは後の総理大臣といえども避けられない、日本軍の重要課題であったことが分かる。

 さて、戦後最悪になったといわれる日韓関係だが、最悪といってもそれは日韓の為政者同士の貧しい頭の中味と

それによる選挙対策であって、両国国民同士はそれほど悪くなっていないとの見方も強い。

 日韓が対立する原因は『徴用工』と『強制慰安婦』にあるとされ、それが経済問題に転嫁、ついには軍事協力分野まで影響が出て抜き差しならぬ状態に陥っている。

 どちらもしっかりと戦争責任を総括しなかった日本の側に問題があったのは確かだが、ここではフィリピンも大きく関係する『強制慰安婦』問題について書き記す。

 椅子に腰かけた少女像が慰安婦を象徴する像として広く知られ、韓国にある日本の在外公館前に設置されて日本側は嫌がって撤去を求めているが、設置団体は動じず各国に設置する運動を続けている。

 この椅子に腰かけた少女像は写真で見る限りではそれほど変な像と思わないが、日本側は慰安婦像の背後にある歴史の事実を隠そうとしていて、国内の世論工作も活発で、先だっては名古屋で開催のトリエンナーレで都合の悪い展示物の阻止に成功している。

 

このように躍起になっているのは先の戦争責任に対して真剣に向き合わず、『大東亜戦争』などと呼称して正当化したい今の安倍を頂点とする似非右翼連中だが、事実は事実として受け入れないと問題は解決に至れない。

 この慰安婦像がフィリピンにもあって、しかも3体造られていたことはフィリピンに長く住む小生でも最近知ったから、日本国内ではもっと知られていないことであろう。

 フィリピンの3体は韓国で知られた椅子に腰かけた像ではなく、それぞれデザインと製作者が違っているのも初めて知ることだが、この3体の内2体が設置後に撤去されていることに驚かされる。

 最初の慰安婦像は2017年12月8日にマニラ湾沿いの遊歩道上に設置されたが、2018年4月に台座事撤去されたが、この設置に関してはフィリピン国内で碑や像を設置する役割を担う政府機関「国家歴史委員会」も関わり、管轄するマニラ市も許可を出していた。

 ところが設置後にフィリピンを訪れる自民党議員、例えば最初の女性首相候補と名前の出る野田聖子など多くがフィリピン政府に抗議をしたために、ある日突然台座ごと撤去された。

 恐らく日本の政治屋連中は安倍の意を汲み、フィリピンに対する莫大なODAを持ち出して威圧し、任期中に巨大プロジェクトを引き込んで手柄にしたいドゥテルテは日本のODA資金欲しさに撤去に動いたようだ。

 中国を侵略した日本陸軍は大陸で『殺し尽くし・焼き尽くし・奪い尽くす』のいわゆる『三光』を尽くしたが、それがこのフィリピンでも行われていて、性被害も無数に発生している。

 その歴史の事実に黙殺できなくなった日本は『強制慰安婦』に対して民間で『アジア女性基金』が設立され、6億円の寄付を集めフィリピン、韓国、台湾の元慰安婦に『償い金』という名目で補償をした。

 フィリピンでは元慰安婦の女性ら211人に対して1997年から支援、支給を行うが、この事業は日本政府が主体でなく日本は反省をしていないとの批判があり、償い金を受け取らない人々が政府に謝罪を求めているのが慰安婦問題の根といって良いであろう。

 第2の慰安婦像は2018年12月に首都圏に近いラグナ州サンペドロ市にあるキリスト教系の老人介護施設内に設置されたが、僅か2日後に撤去され、この像は韓国で設置されている椅子に座る少女像であった。

 撤去理由は詳しく伝わらないが、韓国側と設置市の市長同士は友好都市関係にあってその後見解に違いが生じて撤去に至ったというが、たった2日では何かあったなと勘繰らざるを得ない。

 3番目の慰安婦像はイロイロ島北西端にあるアクラン州マライ(人口6万人弱)という町に建っていて、他の像と違う2人が立って寄り添うデザインで、現在も健在らしいが詳しいことは分からない。

 このマライという町はフィリピン有数の観光地である『ボラカイ島』へ渡る窓口であり、ボラカイ島は韓国人と中国人観光客が国別では多数派を占め、それがこの地に像を設置する理由があるのかも知れない。

 さて、フィリピン人美術家が製作し、撤去された第1の像はその美術家のアトリエで保管されていたが、その像をマニラ市にあるバクララン教会敷地内に再設置する話が進んでいた。

 台座が完成し、いよいよ像を作家のアトリエから移すという段になって、この像がアトリエから姿を消していることが8月17日に分かり、製作者は何者かが盗んだとして警察に被害届を出している。

 しかし何百キロもの重量のある像を持ち出すには組織的に盗んだとしか思えないし、或る日忽然と消えてしまったような製作者側の説明も腑に落ちないが、政府関与が浮上している。

 製作者は何者かによる脅かしを受けている模様で口を開かないが、脅迫=銃による殺害に直結するフィリピンなので、結局は有耶無耶になって事件解明は難しいのではと見られている。

 そのため、8月25日に像を設置して除幕式を行う予定であったバクララン教会は台座のみで除幕式を行ったが、その碑文には『第2次世界大戦中の軍による性奴隷と暴力の被害者を記憶する』と英文で書かれていて、日本への誹り、批判など一文字もない。

 このバクララン教会は日本大使館から1キロほどの距離にあり、マニラ国際空港にも近く、マニラ最初の軽量鉄道路線の終点でもあり、最近空港方面へ延伸するプランが日本のODA資金で決まっている。

 像が何者かに盗られたことについて、バクララン教会はドゥテルテによる『違法薬物容疑者抹殺』政策を強く非難していて、また日本の雪崩のような紐付きODAが次々と決まる中、日本側の機嫌を取りたいドゥテルテ側が『忖度』したのではないかとの話が浮上している。

 何れも憶測でしかないが、何でもありのフィリピンではどれが本当でどれが嘘なのか分からない。


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2019, 18:23
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