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フィリピン・よもやま帖 2019 その−(10) 36年前にあったマニラ国際 空港での暗殺事件

 かつての日本は祝日の休日は、その休日が日曜日に重なってもお構いなしで、祝日は固定され、例えば週の半ばの水曜日辺りに祝日が当たってしまうと間の抜けた週になってしまったが、週休2日など夢にも思わない時代で問題はなかった。
 

【セブの守り神といわれるサント・ニーニョ像】


 それを2000年になって法律を制定して祝日が日曜日に当たってしまう場合、月曜日に祝日を移せるようにして、土曜、日曜、月曜と連休になるようにした。

 そのため1月の祝日として成人式は昔から15日と記憶していたが、今年は1月14日の月曜日となっていて、来年2020年は13日の月曜日と日替わり定食のような有様で(この場合は年替わり定食というべきか)、ご都合もいいところ。

 一方、フィリピンの場合、祝日と祭日、休日が入り混じっていてかなり分かり難いところがあり、ナショナル・ホリディーとして固定した休日はあるが、そこへ祭日による休日、突然の大統領の気分次第で休日になる日、また、地方自治体など地域が設ける記念日による休日と入り乱れている。

 このため、企業の労務と経理は大きな影響を受けその対策に頭を悩ますが、工場など連続の操業が必要な企業では休日でも従業員を働かせるようになるが、この場合、フィリピンでは休日出勤として通常賃金の2倍を払うようになっている。

 これは国の休日の場合であって、突然の休日や地域の休日に働いた場合は確か3割増しと聞いている。

 国による休日なのか単なる休日なのかで賃金計算が違うために混乱が生じ、国はいちいち今度の休日は働いたら2倍になるとか、通常の割り増しで良いなどと広報をしている始末で徹底さに欠ける。

 ちなみに日本の場合、休日出勤の賃金規定には法定休日(国の祝日)と法定外休日に区分され、法定休日は通常の1.35倍の割り増し、法定外休日は1.25倍とありフィリピンの2倍というのは際立っている。

 ただし、フィリピンの場合、法定最低賃金さえ満足に払わない所も多く、本当に休日出勤したら2倍支払われているかどうかは不明で、遵守しているのは外資系企業に限られるのではないか。

 この休日に働くことで思い出すのは、その昔フィリピン人工員に出荷の関係でクリスマスに働かせたことで、その時は一人一人了承をもらったが、さすがに1年で最も重要なクリスマスに働かせるには気が引けて、その時は通常の3倍の賃金を出した。

 希望者はいないのではと思ったが、ほぼ全員出勤してくれて無事にその日の飛行機で出荷することができ、フィリピン人でもクリスマスといえども事情次第では働いてくれるのだなと思った。

 さて、標題に戻るが、今から36年前の1983年8月21日、マニラ国際空港でアメリカ亡命から帰国した元上院議員のニノイ・アキノが搭乗していた飛行機から降ろされタラップ上で銃撃を受け死亡した事件が発生した。

 その時、小生は東京の実家のテレビで事件を知ったが、最初に思ったのは独裁者マルコスの仕業であり、この事件の真実の解明は成されず闇の中に葬られると思ったが、 実際、この事件は多数のジャーナリストやカメラ・マンが飛行機に同乗しているのに関わらずその瞬間は明らかにされず、暗殺側の描いたシナリオで終わってしまった。

 しかし、この暗殺を契機とした反マルコス運動のうねりが高揚し、1986年2月の大統領選に対抗馬として立った未亡人のコラソン・アキノの大統領誕生へと繋がった。

 ニノイ・アキノ暗殺の翌年に小生は仕事で初めてフィリピンへ渡り、1986年のアキノ大統領誕生の瞬間、エドサ通りやマルコス一族逃亡劇をケソン市の友人宅で体験し、そのことは都度書いている。

 しかし、あれから36年が経って、石もて追われたマルコス一族とその取り巻きは完全に復権していて、フィリピン人は歴史を学ばない、あるいは忘れ易い国民性なのかと思ったりする。

 先の戦争でフィリピン国内で暴虐の限りを尽くした日本に対して『許しはするが忘れない』と印象的な言葉を残す国民だが、どうもマルコス一族に対しては『許しもするし忘れもする』といった状態になっている。

 こういった現象はマルコス時代を知らない世代が増えたためであり、マルコス側のSNSなどによる印象操作が挙げられていて、実際、フィリピンの平均年齢は日本のほぼ半分の24歳というから、マルコス時代の圧政など遠い昔の出来事になっているのかも知れない。

 今、日本と韓国は険悪な関係になっているが、これは一口にいえば安倍の『ニセ右翼』と文の『ニセ左翼』を抱く日本と韓国の政治指導者のスタンス問題に尽きるのではないか。

 それにしても戦前の日本による韓国の植民地化は誤っているが、その後の流れというのはどちらも反日、嫌韓という言葉で象徴されるように異常な関係が続いている。

 植民地としてはフィリピンはスペインの植民地支配400年、アメリカの植民地支配50年の歴史を持つがスペインに対しては批判するどころか、スペイン系の血を引いていると自慢する風土、アメリカに対しては憧れ、移民の第一人気国となっている。

 そういった観点から日本の韓国への植民地支配というのは恨まれるだけで、中国に対する侵略と同様に、よほど日本人は酷いことを両国にしたのかと考えざるを得ない。

 それにしても韓国の反日騒ぎは異常さを感じ、辛さを好む国民性といってしまえばそれまでだが、日本も韓国も元を正せば親戚のようなもので今の騒ぎは馬鹿らしく、この騒ぎで利するのは北朝鮮だけである。

 さて、ニノイ・アキノが暗殺されたマニラ国際空港はその後『ニノイ・アキノ国際空港』と改称されたが、政治家の名前を公共物に命名する私物化の何物でもなく頭がおかしいとしか思えない。

 そういえば海軍神風特攻隊と縁があり、ヴェトナム戦争当時極東最大のアメリカの空軍基地であったクラーク飛行場がアキノ(母)政権時代に返還され、民間空港となり、国内、国際便が就航するようになった。

 このクラーク飛行場を元大統領アロヨ(第14代)の時に、アロヨの父親(第9代大統領で再選をマルコスに阻まれる)の名前を空港に付けたが、いつの間にか今はクラーク国際空港と名前が戻された。

 その経緯は知らないがそれが良識と思え、この間行ったダヴァオ国際空港も別称があるようだが、今のドゥテルテが引退後には偉大なる功績者としてドゥテルテ国際空港と命名されるのではないか。

 最後にニノイ・アキノが暗殺された日を記念して『ニノイ・アキノ・ディー』と休日になっているが、小生などすっかり忘れていて、この手のことなどどうでも良い生活になっているなと感じている。


 

author:cebushima, category:フィリピン・よもやま帖 2019, 17:27
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