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この一枚2019年 セブ篇 その(9) セブで食べる『おにぎり』

 握り飯を『おにぎり』あるいは『おむすび』といい、おにぎりと呼ぶのは西の方で、東の方はおむすびと呼ぶことが多いらしいが、生粋の東京の下町人間であった母親は『おにぎり』といっていて、小生もおにぎりと呼んでいた。

【塩を使わずに握ったおにぎり】
 

 写真はセブにある日本食レストランで頼んだ『おにぎり』セットで、鮭のおにぎり2個とみそ汁が付いて、値段はいくらであったか覚えていないが、安くはなかった。

 それで味の方だが、全く塩気が効いていなくて上に乗った鮭も塩鮭ではなく、おにぎりというのは塩をまぶした手で握ってその塩加減だけで食べられる物で、そういった基本的なことができていないのは、フィリピン人が調理したためではないか。

 フィリピンにはおにぎりというものはないが、『プソ』と呼ぶ米を蒸した食べ物があって、これは椰子の葉の新芽を細く割いて円錐状に編み、その中に米を入れて蒸すものでどこでも見かける食べ物である。

 蒸し上がったプソはパンパンに膨れて、最初これを見た時はどうやって米を入れるのかと思ったが、洗った米を編んだ中に適量入れて蒸し上げると膨張してパンパンになるからコロンブスの卵のような作り方である。

 

 このプソはナイフで中央に切れ目を入れて中味を出して、手掴みで食べるが元々中に入れる米は安い物だから味の方はいただけないが、携帯性もありフィリピン版おにぎりといっても良い。

 

 プソで感心するのは中身よりも椰子の葉の新芽を器用に編んでいることで、こういった技術もやがては廃れて行くのかも知れず、小生宅にはフィリピンで集めた手編みの籠がたくさんあるが、こういった技術も風前の灯火となっている。

 以前だと、セブの田舎の方の道や市場で山から下りて来た人が編んだ籠を直接売っていたが、最近はそういったことがなくなり、全てプラスティック製品に駆逐されてしまったようだ。

 塩気が全くないおにぎりと書いたが、やはり別の日本食レストランでおにぎりを頼んだら塩が付いていなくて、どうも日本式おにぎりというのはフィリピンでは塩を付けないで握る形になっているのかなと思うが、その2店以外では頼んだことがないから断定は出来ない。

 

 こういった店では型を使って作るおにぎりが多く、そうなると握っていないことになるが、回転寿司も寿司とはいいながら型押しで、大量に速く作るとなればそうなるのは仕方はない。

 

 昔、ユースホステルでアルバイトをした時に、弁当用としておにぎりを散々握った経験を持つが、その時のおにぎりの形は三角形で、中身に何かを入れたような気もするが覚えていず、手に塩をまぶして握り海苔で巻いた。

 

 おかずは沢庵と玉子焼きを二切れずつであったと思うが、量りの上に茶碗を乗せて定量のご飯を盛り次々と握って行くが、熱いご飯を握るために握り終わった時は手の平が火傷をしたように真っ赤になった。
 

 そういう経験を持つから、おにぎりを三角に握ろうが太鼓状に握ろうが自在で握れるがこれが意外と握れない人が多いらしく、そのために型押しおにぎりが増えたのであろう。
 

 そういえば子どもの時、冷たくなったご飯を適当に握って、その周りに味噌を付けたおにぎりを作って食べたことは多く、子どもの時から直接手を使って何かをすることは後に有意義になったことは間違いない。

 

 また、握ってから醤油を付けて火鉢の上で焼いた『焼きおにぎり』も思い出すが、火鉢を使った時期だから、焼きおにぎりより『餅』を焼いた方が多く、餅を焼いて醤油を付けて海苔を巻いた美味さも忘れられない。

 

 実家で暮らしていた時代に、内風呂はあるのに近所の銭湯へ行ってその帰りに銭湯の前にある飲み屋に寄っておにぎりとみそ汁を頼んで夜食とし、そこの親父と世間話をしたが、そういった行動はコンビニのほとんどない時代であったから出来たのであろう。

 このおにぎり、今はコンビニの売れ筋商品で、初めてコンビニのおにぎりを見て買った時はその仕組みが分からず、海苔を上手に巻けなかったが、手を汚すことなく海苔を巻けるその方法には驚嘆し、良くぞ考えたものだと思った。

 

 さておにぎりというと貧乏臭い食べ物と思うが、今日本ではおにぎりの高級化路線が進んでいて、デパートなどに進出し1個500円近くする物が出現していて、しかも使用する塩を選べるとある。

 塩も作る方法や産地によって相当味が使うようで、確かに美味い塩というのはただ塩辛いのではなく甘味を感じさせる物もあって、単純に海水から作った調味料といい切れず正に『塩梅』という言葉が活きてくる。

 おにぎりの高級化は中の具もそうだが、使う海苔によってずいぶん味が違い、この海苔が今年辺りは不漁で海苔不足、値上げを呼んでいるという。

 海苔作りというのはかつて東京湾岸で盛んであり、しかも海苔の採れる時期は厳冬期との記憶を持つが、これも温暖化の気候変動によって海水温度が上がったためではないかと思い、おにぎりの海苔もうかうかできない時代となった。


 

author:cebushima, category:この一枚2019年 セブ篇, 21:02
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