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へそ曲がりセブ島暮らし2019年 その(30) 1997年香港返還の頃の中国と香港

 香港がイギリスから中国領になったのは1997年で、7月1日に香港で返還式があり、当時小生は香港に接する広東省に住んでいた。

【写真はミンダナオ島南部にある早朝のセブ湖の水連】

 住まいにはテレビがなかったので市内の安いホテルに泊まって返還式をテレビを観ていたが、式の時に降った土砂降りに近い大雨は良く覚えていて『香港の涙』と感じた。

 それから20年以上経ってその間中国には行くことはなかったが、数年前にタイへ行った帰りに香港を訪れ、お気に入りの香港島で泊まった。

 この20年以上の間の香港の大きな変化は、街中に大きな看板を掲げて人民元を交換する両替え店が激増したことで、小生が広東省と香港間をあたかも通勤するように煩雑に行き来していた頃は、人民元を両替えする店などほとんどなかった。

 あっても申し訳程度に『人民幤』と書いた紙を窓口に掲げる程度で、そのような具合だから香港の店の支払いは人民元は全く使えなかったが、今は人民元歓迎と書いてある店が普通になった。

 

 それだけ中国の経済が強くなって、人民元の信用が増し通貨として危なくなくなったということになり、変われば変わるものである。

 さて、先日あった香港の『200万人』デモには驚かされたが、これは中国側が50年間は保証した『一国二制度』が反古にされる危機感から起こったもので、デモの参加者も返還後に生まれた人が多かった。

 この一国二制度も時の中国の権力者小平とイギリス首相のサッチャーとの話で決まったものだが、50年保証の50年後はどうなるのかは分からないが、恐らくその頃には香港は中国に飲み込まれ、問題は起こらないと小平は見ていたのではないか。

 ところが保証した50年の半分を行かない内に、中国は習近平体制になって一国二制度の形骸化を次々と行い、それに危機感を持った香港人が今回のデモで決起したと見て良い。

 報道では香港人の4人に1人はデモに参加したといわれているが、子どもや老人を考えるとその割合も凄いとは思うが、香港は毎年大陸から5万人(だったと思う)の移民を認めていて、単純計算でも既に100万人以上が大陸から流入している。

 広東省に住んでいてた時でも中国人の香港に対する憧れはかなりのもので、移民がOKとなれば怒涛のように移民するのは分かり、もし50年間この数の移民を続けていたら、250万人に上り、その家族も自然増するから正に『人海戦術』で中国は香港を下から飲み込もうとしている。

 中国は多民族国家で、少数民族を政策で保護、優遇しているといわれるが、確か総人口の97%くらいは漢族が占めていて絶対多数派になり、このため、漢族以外は一段下に見る風潮が強く、ウィグルとかチベットへの弾圧はこの民族問題が絡んでいる。


 中国の姓名は姓は漢字一文字、名は漢字二文字表記が普通で、姓の方が二文字の人は中国在中に一人だけ会っているが、西方の少数民族出身とのことでいずれにしても二文字姓は中国では奇異といって良いほど珍しい。

 小生の姓はごく普通の二文字であり、中国で初対面の中国人に名刺を出すと、姓が二文字なので相手は驚いていたが、日本では一文字姓、二文字姓、三文字姓、中には四文字の姓を持つ人がいると説明すると目を丸くしていたことを思い出す。

 また、中国は地縁、血縁の繋がりが深い国で、広東省の工場で働く人間の多くは四川省など大陸の奥の方出身の人が多く、そういった地方出身者に対して広東人はあからさまに馬鹿にしているのがありありで、こういう地方出身者はいくら優秀でも広東省では出世できない空気があった。

 香港の200万人デモに戻るが、出発した香港島の公園は香港滞在中のホテルに近く、朝早く何度も訪れているが、そこから立法府のある地域を通り過ぎる路面電車の『トラム』が走っていて、このトラムに乗りたくて香港島で泊まっている。

 

 2階建てのトラムの2階の前方の席に座れば、世界的名建築といわれる『香港上海銀行』ビルや『中国銀行』の怪異な姿も間近に見えて、しかも料金は20年前とたいして変わっていないと思わせる値段で、非常に嬉しい交通機関である。

 このトラムが走る道路は香港でも有数の繁華街が連なり、またビジネス街もあり、香港の中枢といって良い一帯であり、この幹線道路を中心にデモ隊の群衆が埋めた訳で、正に壮観。

 このデモによって政府が目論んだ法案は一旦停止という措置が取られたが、廃案ではなくいつでも審議にかけられる状態となっているために、先日には立法府議場に若者が雪崩れ込み、機動隊と衝突した。

 

 これは簡単に鎮圧されたが、状況から盛り上がったデモ行為を分裂させるために中国政府が仕組んだ『八百長乱入』ではないかと思わせるところもあり、そういった憶測が流れるところに中国政府の信用の無さが見えている。

 1997年の返還前後には香港人の海外移住というより脱出が非常に多くなり、小生の仕事仲間もカナダへ移住するといって申請をしていたが、優秀な人材が香港から流出すると感じた。

 今回の出来事をきっかけに他の国へ移住する若者がまた増加するであろうが、中国政府の本意はむしろ厄介な層はトットと香港を出てもらって、その穴を中国共産党に忠誠を誓う人物を大陸から移住させれば良く、願ったり叶ったりと思っているのではないか。

 


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2019, 20:12
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