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へそ曲がりセブ島暮らし2019年 その(29) 2019年も半分を過ぎた

 『月日に関守なし』とは時は速く過ぎ去る意味の諺で、もう少々分かり易い諺としては『光陰矢の如し』がある。

【写真はセブの水源地とされる公園 ただしここは井戸で水を汲んでいる】

 この間、年が明けて正月を迎えたと思っていたら、既に一年の半ばを過ぎて7
月に入り、この時間の速さというものは年齢で受け止め方が違い、年齢が高いほど時の流れを早く感じるそうだ。

 そういえば、小学生頃には『もういくつ寝るとお正月』と、なかなか来ない正月を待ち焦がれたが、これは正月に貰うお年玉を楽しみにしているためで、その日が来るまでの長さは今とは全く違う長い感覚であった。

 先月の6
月は『水無月』となっていて、6月は梅雨入りでどうして『水の無い月』と書くのかと不思議に思って辞書を見たら、水無月の『無』は文法上は『の』とあり、『水の月』であるとあった。

 こういった古典の文法は中学、高校生の時に授業を受け、割合好きな方で漢文など面白くてずいぶん暗記をしたが、結局は習っても身に付かず覚えていないということになった。

 高校はそれなりに大学進学で知られる学校であったが、古典の教師というのがかなり厳しい教え方で、その時間が来るとクラスに緊張が走ったと書くといかにも良いようだが、緊張というより恐怖が支配していた。

 その厳しさというのは質問に答えられないと生徒に『ビンタ』を食わす授業で、今だったら大問題になるが当時は体罰など容認されていてクラス担任がビンタを張るなど珍しくなかった。

 そういった恐怖授業だからビンタを食らわないように必死で予習をしたが、そうやって覚えたものは結局は身にならず、何をどう習ったのかさえも忘れ、苦いものとして記憶に残る。

 今思うと、あの古典の教師は徴兵されて軍隊に行っていた年齢だから、日本の軍隊に蔓延していたビンタによる制裁体験がそのまま残ってしまったのかも知れず、そう解釈すると気の毒な人とも今はいえる。

 日本は6月に梅雨入りと書いたが、このフィリピンは梅雨という言葉はないものの6月になって雨季に入ったことが発表された。

 その前の乾季にはほとんど雨が降らずマニラ首都圏では深刻な『水不足』から断水騒ぎが続き、日常生活に支障を来し、特に水を多く使う飲食店など影響を受けているが、こういった騒ぎで割を食うのは庶民層で、富裕層はヴィレッジ内の貯水設備で影響は軽微なようだ。

 このマニラ首都圏の断水騒ぎは雨が降らないことによって水源のダム貯水量が少なくなったためだが、巨大に膨張した首都圏の人口に対して水道水が供給できない構造的な欠陥があって、以前から問題視されていたが対策は取られず慢性的な断水騒ぎは織り込み済みである。

 首都圏の水道事業は公営ではなく私企業2つが域内を2つに分けて供給しているが、利益優先の企業に任せていることに問題があるような気もするが、万事非能率なフィリピンの役所組織を考えると、企業任せの方がまだ良いのかもしれない。

 さて、元々雨季と乾季の境がはっきりしないセブも雨季に入っていて、それなりに雨を含んだ雲が空を覆うがその割には雨が降らない状態が続き、やはり水不足問題が起きている。

 セブも以前は断水が多く、断水時には近所の人が小生宅にある井戸の水を貰いに来ていたが、最近はそういった騒ぎが起きなくなっているから水供給は好転しているのであろう。

 そういえば、以前は不意の停電など頻繁でパソコンの停電対策も必要であったが、今は停電が珍しくなりそれなりにフィリピンのインフラ事業サービスは駄目だ駄目だといわれながらも進展している。

 ただし、この停電の起きることは珍しくなったとはいえ、全くの予告なしであり停電があってもいつまで続くのかの案内も全くなく、その面の顧客無視、横柄さは相変わらずで、こういうことの積み重ねがフィリピンの発展を妨げていると、気が付くまでは長い時間がかかりそうだ。

 6月の結婚は『ジューンブライド』と年間でも特別視されているが、雨降りの多い日本でこの月に何で式など挙げるのだろうかと思っていたら、6月は結婚式業者やホテルに仕事がなくなる月なので、ある知恵者が欧米の『ジューンブライド』を持ちだして売り上げ増進を図ったとある。

 

 そうして日本ではジューンブライドという言葉は浸透したが、業界の統計では結婚シーズンというのは10月、11月が年間を通じて式の多い月になり、雨降りの6月は特に多い月にはなっていず、確かに秋の日本は正装した結婚式帰りの姿が目立つ。


 そういう商売優先でいわれなどでっち上げた行事というのはいくらでもあるが、中でもバレンタインのチョコレート、クリスマスのケーキなど企業が販売促進で発明したものでそれに乗せられている消費者も消費者だが目くじらを立てるほどのものではないか。

 商売優先といえば最近の東京オリンピックの企業の宣伝は目に余り、完全に『イヴェント』と化していて企業にとっては最高の宣伝媒体となっているが、こういうイヴェントに当たり前のように巨額な税金をつぎ込んでいることに日本人は何とも思わないのだろうか。

 もっともオリンピックに対して日本人は『スポーツの祭典』などと洗脳されているから無批判になるのだろうが、それにしても官民一体で盛り上げているオリンピックは、日本人の『全体主義』好みが現れている。

 7月に3年に1度の参議院選挙があり、インチキやり放題の安倍自民党の強さが喧伝されているが、安倍の長期政権を分析すると、そのスタイルは企業の広告戦略と全く同じ方式を取っている。

 安倍は国民を騙すには『宣伝戦略が第一』とおそらく大手広告会社の描いた図に乗ってここまで来たのではないかと思われるが、こういう単純な人物を日本の代表としている日本も日本だと思う。

 そういえば安倍の印象は本は全く読まない人物で、教養とは遠い人格に見えるが、これはアメリカのトランプも同じで、本を読むことをしない似た者同士だから気が合うのであろうか。

 


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2019, 18:05
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