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へそ曲がりセブ島暮らし2019年 その(24) フィリピンのパインアップル苗を育てる

 今年の3月末にマニラへ所用で行き、用が済んでから湖の観光地で有名なタガイタイ方面を回ったが、この地域でパイナップルを栽培している畑を見かけた。

【写真−1 3月末に直径20センチのポットに植えた直後】

 そのため、道端で収穫したパインアップルを売っている店があって、そこでセブの土産にとパイナップルを購入した。

 フィリピンはパインアップルを生産し、輸出し値段も安いが実を食べた後の葉の部分は無造作に捨てられていて、この葉の部分を土に埋めておくと根が出て成長しやがて実が成る。

 以前スーパーで買ったパインアップルの葉の部分を鉢に差していたら、活着し今ではかなり大きくなっている。もっとも、実が成るのは3年以上というからかなり気の長い話になるが、タガイタイで買ったパインアップルの葉の部分を差していたらやはり活着して成長している。

【写真−2 写真−1の苗の5月末の状態】

 写真−1は葉の部分を差した3月末で、それから約2ヶ月経ったのが写真−2の様子で、ビニール・ポットから葉が飛び出していて、差した頃から成長をしているのが分かる。

 かつての日本ではパインアップルというのは缶詰で食べる物で、『パイ缶』などと呼んでバナナと共に高級な部類に入っていたが、子ども心にも甘ったるい味だなと感じた。

 1980年代にミンダナオ島北部の町で仕事をしたことがあって、その海辺の町から内陸部へ2時間ほど車で走ると、やや涼しい高原地帯に入りパイナップル生産で有名な町があった。

 その町の知り合いの家に行った時、デルモンテのパインアップル畑を見学したが、日本の大阪市より広い面積だといわれる広大な畑はパインアップルの濃厚な匂いが立ち込め、暑い日差しの中で収穫作業が行われていた。

 その光景で思い出したのが、やはり1980年代に訪れたハワイ・ラナイ島の広大なパインアップル畑で、この島ではドールが栽培していたが、この島でのパインアップルは生産の競争力が失われ1990年代に入って閉鎖されたという。

 あの広大なパインアップル畑が閉鎖に追い込まれたのにも驚くが、畑見物の際、持ち帰らない限り自由にその場で食べて良いといわれたが、むせ返るようなパインアップルの匂いだけで充分であった。

 ラナイ島は観光地と知られるハワイの中で、こんな所があったのかと思うような小さな島で、当時の人口は2000人台で、中心の街並みも小さく古い木造のホテルが目立つ程度であったが、そういう所でも地元民が楽しむゴルフ場があった。

 ドールが撤退して、現在のラナイ島はITの大手企業の創業者が島を買い取って、国有地数パーセント以外はこの人物の所有となっている。

 現在の人口は3000人を超えていて、パインアップル産業がなくなり、個人所有の島となった現在、観光業で生きるらしいがあの素朴な島もそうなるとかなり変わってくるのかも知れない。

 ドールがハワイから撤退して、ミンダナオ島のデルモンテはどうなったかと気になったが、デルモンテは元々トマトで有名な企業で、現在もミンダナオ島でパインアップルやバナナを栽培している。

 このデルモンテ、日本のキッコーマンが所有しているらしいが、住友商事の子会社でバナナ生産大手の現地法人が労働者を搾取しているとフィリピンでは問題になっていて、得てしてこの手の巨大農産物生産、輸出会社は植民地意識が横溢しているのが多い。

【写真−3 パラワン島で見かけたパインアップル 手前の苗上部に実が成っている】

 パインアップルの苗に実を結ぶには3年かかると書いたが、写真−3はパラワン島に旅行した時見かけたパインアップルの実の成っている様子で、手前の苗上部に小さな実が成っているのが見える。

 植えられている所は畑ではなくて、レストランの庭になるが、この写真から植えられている土質はそれほど良く見えず、この具合ならあまり土質の良くないセブ島でも栽培は可能と思われるので、スーパーで買ったパインアップルの上部をセッセと植えて増やし育てようかと思っている。


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2019, 19:24
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