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四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(90) 番外−香港篇−4 香港島を走る2階建ての路面電車『トラム』

 香港名物の路面電車『トラム』。正確には香港島だけを走るトラムで、対岸の中国本土と繋がる九龍地域には敷設されていない。

【写真−1 看板が消えて何だか香港の特徴がなくなってしまった】

 香港島はイギリスが当時の清国から条約を結び割譲された領土で、永久にイギリスの土地であることは国際法でも問題はなかった。

 しかし、新界と呼ばれる九龍側はイギリスが清国から99
年の租借地であったこととで、現在の中国側が、延長する租借契約を結ばなければイギリスには返還しなければいけない義務があった。

 当時のイギリスの政権を担っていたサッチャーは一括返還で合意し、1997年にイギリスは香港から撤退したが、分かり易くいえば九龍側の契約が切れ、再契約できないから引き揚げただけで、香港島を返す義務も法的瑕疵もなかった。

 それが一括返還になったのはサッチャーが当時の中国最高実力者、小平に騙されたという説を唱える人も多いし、小生も中国なら嘘も平然と行うから丸っきりの嘘とも思えない。

 トラムに戻るが、香港島はイギリスの純然たる植民地のために、交通機関として1904年に敷設。いわば社会インフラとして整備した訳で、中国に何れ返す九龍側には社会インフラはソコソコで良しとしてトラムの様な公共インフラ投資をしなかったのではと思う。

 実際、香港島には総督府を始めとして政府機関があるし、経済に関わる会社も香港島側に集中し、香港名物の高層ビルによるスカイ・ラインも香港島だけに集中している。

 仮にイギリスが香港島と九龍側を分けた考えで交渉していたら、今の様な『50年間の香港自治』保証という、口から出まかせ、嘘で塗り固めた中国の香港支配はなかったと思うが、イギリスも中国との交渉に疲れていたのであろう。

 写真−1は香港トラムの様子。車時代になっても専用軌道と独立した乗り場が保持されているのには驚くが、柵を設けてこうでもしないと図図しい車が進入してくるのであろう。

 両側のビルはスッキリした感じはあるが、かつては道路に長く張り出した漢字の看板が線路へ向かって出ていて、その雑然さがまた香港らしさを感じたものだが、少々行儀の良くなった香港の町の姿で、つまらない景観になった。

【写真−2 コインを投げ込む客は少なく今はカード処理で簡単】

 写真−2はトラムの運転席の様子。香港トラムは車両前後に運転席があり、終点で回らないでも運転手が移動すれば良い方法となっていて、これはかつての都電も同じ方式であった。

 出口=EXITが『落』と書かれていて、なるほどそのものと漢字の妙を感じ納得。赤い装置は料金箱で、大人は2.3香港ドル、日本円で1ドル14円弱だから、30円を超した程度で安い。

 しかも、均一料金でトラムの路線の端から端まで乗ると120駅あって、1時間以上かかり、香港の街並みを見ながら観光するにはもってこいで、香港トラム乗車が観光客に人気が高いのも頷ける。

【写真−3 暑い香港でも冷房付きのトラムは数少ない】

 写真−3はトラムの2階席。かつての2階席は上級の席で1階と較べて値段が高かった時代もあったらしいが、今は同じ値段。

 写真の車両は席がプラスティック製に替えられそれ程古くないが、それでも天井など木製の細い梁が支えていて、そこだけ見るとクルーザー・ヨットのキャビンと同じような仕様になっている。

 走っている車両の中で、木骨、鋼板張りの古い車体が1台あり、車両番号は120番なので、辛抱強く待てば乗れるチャンスがあるかも知れない。以前、車内がニス塗りで黒光りした古色蒼然とした車両に乗ってオヤッと思ったことがあったが、あれがその120番であったかも知れない。

 なお、トラム乗車の観光客の心得としては2階最前部が最上で、次に最後部となり、同じ考えの観光客も多いのか座っているのは外人が多い。


 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 18:06
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