RSS | ATOM | SEARCH
四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(61) 橋が架かるまでは渡し船利用の三十六番札所『青龍寺』

 三十六番札所『青龍寺(しょうりゅうじ)』は土佐市にあり、同じ土佐市の三十五番札所『清瀧寺』からは13キロほどの距離にある。

【写真−1 海は近いのに山間の幽玄な雰囲気を醸し出す

 土佐湾から大きく入り組んだ浦ノ内湾を抱く小さな半島になった地にあるために、かつては本土側と半島先端は渡し船で行き来し、お遍路もその渡し船を利用していた。

 しかし、1973年に橋長645mの『宇佐大橋』が架けられ、空海も利用したといわれる1200年の歴史ある渡し船は廃止。車でサーッと通り抜ける便利なただの橋になっている。

 写真−1は青龍寺山門で、本シリーズのロゴに利用している写真になる。海辺にある札所なのに鬱蒼とした山深い位置にあり、写真の山門右に見える赤い花のように見える樹はモミジの赤い新葉で、周りの新緑の中で艶やかな色彩を振り撒く。

【写真−2 雨降り時など滑るので特に下る時に注意】

 写真−2は山門を入ってから続く170段の石段で、こういう階段を目にすると足腰のしっかりしている時にお遍路旅はした方が良いと思う。

 

 青龍寺の寺名は空海が唐の時代、長安で仏法を修行した寺が青龍寺で、そこから来ている由緒ある名前だが、長安の唐時代の青龍寺は現存せず、近代になって再興した寺がある。

 寺の縁起によると空海が長安の青龍寺から仏具の『独鈷』を日本へ向かって投げたところ、独鈷は雲に包まれて何処へか消え去った。

 空海が日本へ帰国した後に、この地に独鈷があると霊感を得て堂宇を建てたのが始まりとされ、そのため山号を独鈷山としているが、こうなるとSF顔負けの縁起でそういうものかと思うだけである。

【写真−3 幕の色の五色が清々しい】

 写真−3は本堂で、左の柱に『波切不動明王』と青い字で書かれた札があるように本尊は不動明王。波切のいわれは空海が唐へ渡海中に荒れた海の波を不動明王が現れて波を切って鎮めたことから来ていて、当然漁業関係者の信仰は厚い。

 密教には五大明王というのがあって不動明王はその一つで、密教最高の大日如来の化身とされるが、ヒンドゥ―教の最高神シヴァを起源とする説もある。こういった話はそれはそれで面白いが、頭の方は追いつかない。

 青龍寺参拝時に昼時を大きく回っていて、途中で昼食を摂って本日最後になる60キロ先の三十七番札所『岩本寺』へ向かうことにする。



 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 19:46
-, trackbacks(0), pookmark
Trackback
url: トラックバック機能は終了しました。