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四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(57) 冬に降る雪とは関係ない三十三番札所『雪蹊寺』

 三十二番札所『禅師峰寺』から三十三番札所『雪蹊寺(せっけいじ)』へは1972年開通の浦戸湾に架かる浦戸大橋を渡るが、歩き遍路の場合浦戸湾を横切る渡船が今でもあって、県営でしかも無料。車で一気に浦戸大橋を渡るのは渡船に比べて味気ないが。

 

【写真−1 本堂は平成の代になって改築されている】

 

 雪とはあまり関係ない南国高知で『雪』の名前が付いている三十三番札所『雪蹊寺』は四国八十八ヶ所ある札所の中で、大部分が真言宗に属する中、二ヶ所しかない禅宗系の臨済宗の寺院になる。

 そういえば雪蹊寺には何々院といった、寺に付きものの『院号』がなく、臨済宗は院号を持たないことに気が付く。


 写真−1は雪蹊寺本堂前で一人経を詠む人。近くの大師堂では団体が経をあげていて、こういう姿を見ると団体で札所参りするよりはるかに落ち着き、良いことが分かる。

 この寺も変遷があって、今は臨済宗の雪蹊寺だが元々は弘法大師開祖の真言宗の寺で、その後廃寺になってしまい、戦国時代に再興された経緯を持つ。

 この再興した人物が土佐の領主『長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)』で、元親は長宗我部家21代目、四国を統一したことで知られ1539年に生まれ1599年に没している。

 元親は37歳の時に土佐を統一して法名を『雪蹊恕三』とし、元親の宗旨は臨済宗のため、高名な月峰和尚を招いて改めて開山し、後年長宗我部家の菩提寺となったために雪蹊寺となった。


 この場合の雪蹊とは『徳のある人物には多くの人が慕う』という意味で、冬の雪とは関係はなく、元親は『人望』が欲しかったのであろう。

【写真−2 四国の菜の花畑というのはありそうでなかった気がする】

 写真−2は本堂前の庭に植えられたチューリップと菜の花。赤と黄の色が柔らかな草の緑の中に浮かび上がり、印象派の絵を思い出すような色合いで、近くには枝垂れ桜がほぼ満開で春の生命を感じさせる境内であった。

【写真−3 午前中の参拝者の少ない頃はご朱印の記帳も丁寧】

 写真−3は雪蹊寺のご朱印。この寺には鎌倉時代の仏師『運慶』とその長男『湛慶』が滞在し、仏像を彫って残したと伝えられていて、湛慶作の立像3体は毘沙門天像に墨書名があり本物とされているが、運慶作は確認されていない。

 しかし、鎌倉時代作の仏像であることは間違いなく、本尊の薬師如来を含めたそれら檜寄木造の仏像は国の重要文化財に指定されている。

 

 三十三番札所雪蹊寺から三十四番札所『種間寺(たねまじ)』へ向かう前に、高知の名所『桂浜』に立ち寄って、そこに建つ維新の逸材『坂本龍馬』像を眺めることにする。



 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 19:00
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