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四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(38) 土佐路最初の札所二十四番『最御崎寺』は室戸岬に

 セブでは家人の運転する車の助手席に乗っていて、庭で車庫に車を入れる時と長距離の時以外は運転をしていない。今回の遍路旅は最初から最後まで小生の運転であったが、日本の道路の良さ、運転者のマナーの良さから、右側通行のフィリピンから左側通行の日本で運転しても全く問題はなかった。

 また、今回はトヨタのヴィッツを借りたが、なかなか良く設計された車で、長距離運転をすると身体が強張ったり肩が凝ったりするが、そういうことはなかった。

【写真−1 吉井勇は明治維新の功労者の孫で伯爵の爵位を持っていた】

 二十三番札所『薬王寺』から二十四番札所『最御崎寺(ほつみさきじ)』まで、距離にして76
キロあり、海岸を左に右に迫る山裾を見ながら、写真を撮る暇もなくひたすら国道55号線を南下し高知県境を超える。

 札所が閉まる5時前には行かなければと海岸沿いを走らせている内に室戸岬を超え、国道から急な山裾を上ると札所は近く、早くも西側に陽が傾き始めた。

 このヘアピン・カーブを歩き遍路も歩くのだろうかと思いながら一気に昇り詰めると二十四番札所『最御崎寺』の駐車場へ着く。

 急いで札所の向かった途中にあったのが写真−1の歌人『吉井勇』の歌碑。吉井は京都祇園で詠んだ『かにかくに祇園はこひし寝るときも枕のしたを水のながるる』で知られるが、高知の室戸岬にどうして歌碑があるのかと思った。

 後で調べたら、吉井は昭和の初め頃に高知市手前の山間部にある今の香美市に中央を離れて数年住んだことがあり、同市には記念館もある。

 その関係で、室戸岬に来て詠んだ歌がこの碑の『空海をたのみまいらず心もてはるばる土佐の国に来にけり』。ちなみに香美市は漫画家の『やなせたかし』の出身地でもある。

【写真−2 堂々とした山門で裏には1647年製作の石の仁王像がある】

 常緑樹が生い茂り、太平洋の海鳴りを聞きながら室戸岬灯台へ行く道の左側にあるのが写真−2の山門。

 最御崎寺は空海が10代の終わり頃に近くの洞窟で修行をした寺で知られ、真言密教の道場とされ明治に入るまでは女人禁制の歴史を持つ。

 重要文化財も仏像を中心に何点かあり、また空海ゆかりの伝説も多く古刹の名にふさわしい雰囲気を持つ寺である。

【写真−3 修行の寺としてふさわしい境内】

 写真−3は境内の様子で、山門方向から撮った。正面奥が本堂で、右側手前にある裾を広げた建物は鐘楼で『袴腰造り』という珍しい形式。

 その奥は多宝塔、対面にあるのは大師堂になる。どうやら納経所の締め切りに間に合いご朱印をいただき、室戸岬灯台は近いものの明日の朝一番で見学することにした。

 同じ道を下るがヘアピン・カーブを下る頃は陽もだいぶ落ちて、この道の途中から水平線に没する夕陽は見事だろうと思うものの、今夜の泊まる所が決まっていなくて、室戸の町の方へ車を進める。


 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 19:23
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