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まにら新聞掲載 Archives (16) セブ補習校の20年と今 その−2 (2004年掲載)

 (2) 日本人学校への道のり

 

 最近のセブ補習校の入学者傾向は、日比間の結婚が年間7000組を超える中、日本人の父親が日本で働き、フィリピン人の母親と子どもがセブで生活する『別居型』が増えている。
 

【当時の写真 マニラ日本人学校による巡回授業風景】


 邦文の入学案内だけで済んでいたのが、英文の案内を用意するようになり、入学志望者も日本語を解さない児童が増えた。補習校は『日本語ができない理由で入学を断ると、この子が日本の教育を受ける権利と時機は一生失われるのではないか』の考えで、負担は大きいが受け入れるよう努めている。
 

 セブ補習校のような週1回学ぶ学校は、国庫助成を受けても私塾と同じだが、毎年、MJS(マニラ日本人学校)の協力を得て《巡回指導授業》を行っている。

 土日の2日間、ふだん学べない理科・社会などを中心に、MJS教諭に過密なスケジュールで教わるが、この熱心な先生方でも補習校の存在を知る方は少なく、セブを見て驚きの感想を持つことも多い。

 

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 補習校で教える講師を文科省では『現地採用教員』と呼ぶが、講師と学校側の雇用契約などはなく、ボランティアの面があり、学校そのものもNGO(非政府組織)のような性格が強い。
 

 セブ補習校は80年代初めに、有志日本人が自宅に日比二世の子どもを集めて教えたのが始まりで、20年間で、名前の分かっている講師は延べ80人以上に挙がっている。多くは、教職免許や教育経験を持たない企業駐在員の夫人方で、同じ講師メンバーで3ヶ月と持たず、出入りの激しい状態が続く。

 講師確保がひと苦労で『子どもの入学申し込みに行ったら、来週から講師をやってくれと頼まれ仕方なく引き受けた』などの例もある。この方はそれから5年間講師を続け日本に帰ったが、送別会で『補習校はみんなでリレーをしないと、やっていけない学校ですね』と語っている。

 

 その他、協力隊員、退職者、留学生など様々の立場の人間が、終りのないリレーを続けているが、最近はフィリピン人と結婚しセブに住む日本の女性が増え、補習校講師の新たな担い手となっている。子どもの母語と教育の問題を、落ち着いて補習校で活かせるのではないかと期待がかかる。

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【当時の写真 時には高学年中心に家庭科の調理実習も行う】

 

 補習校は週3時間、国語・算数を中心に1年間で合計150時間ほど学んでいる。一方、MJSを例に取ると学年により違うが、年間平均で900時間から1100時間前後学び、しかも教科はバランスが取られている。

 単純に考えると、補習校では6分の1の偏った学力しかつかない勘定になってしまう。この観点からセブに日本人学校を設立する話が、90年代半ばに論議されている。

 地元の『学校用地を寄贈する』話から始まったが、校舎建設・設備には膨大な資金を要し、肝心の授業料も試算では途方もない額に至り『入学できる邦人子女家庭は限られる』と話は立ち消え、その後今に至るまで、日本人学校設立の話は起きていない。

 

 日本人は単身赴任で海外に駐在する例が多く『駐在先に日本人学校があれば家族で赴任する』といい、現地では『家族帯同で赴任しないから、いつまでたっても日本人学校が作れない』と、鶏が先か卵が先かの不毛な議論に陥る。

 また『在留邦人と子女が多くないと日本人学校は作れない』と考え勝ちだが、日本政府の定めた日本人学校設立要件の中、在籍は30人以上あれば設立可能としている。全世界で82校ある日本人学校の最近の在籍者数を調べると、セブ補習校より在籍者が少ない日本人学校は46校、うち10人台の学校が12校もある。

 

【続く】

 


 

author:cebushima, category:まにら新聞寄稿 Archives, 09:45
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