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フィリピン選挙2016 【その2】 ポー エスクデロ両上院議員が正副大統領選に出馬表明
 ようやくというかタイミングを見計らってポー上院議員が次期大統領選に立候補することを916日表明した。



 正副大統領選の立候補受け付け、選挙運動解禁は来月半ばに迫っていて、これで副大統領の暇な地位を利用して選挙運動を早々と始めている元マカティ市長のビナイ、アキノ大統領と前回ペアを組んで副大統領候補者に回り、ビナイに負けた前内務自治長官ロハスと、主要
3候補が出そろった。

 ポーというのは前回
2013年上院選に初出馬しトップ当選した47歳の女性で、国立フィリピン大からアメリカ・ボストン大学で学びアメリカの市民権を持ったようにアメリカ暮らしが長い。

 フィリピンは
100家族くらいのいわゆる名門一族が政治経済を支配しているといわれ、名家の出でないと政界進出は難しいが、ポーはヴィサヤ地方イロイロ島にある教会の前に捨てられた子どもだった。

 それをどういう経緯でポーを養女として引き取ったのか分からないがフィリピン映画界では押しも押されぬ大俳優だった『フェルナンド・ポー・ジュニア=
FPJ』だった。このFPJ、同じく芸能界で人気を分けた元大統領の『エストラダ』とヤクザでいえば『兄弟分』関係になる。

 そのエストラダ、マニラ首都圏の町長(現在は市に昇格)を皮切りに上院議員、副大統領と階段を上がりついには
13代大統領になったのが、1998年。ところが数々の汚職がバレて、副大統領だったアロヨに追い出されたのが2011年で、その後逮捕、起訴され終身刑の有罪判決を受けた。

 しかしエストラダの後釜に座り、
2004年選挙で14代大統領となったアロヨによって『恩赦』がなされ、エストラダは収監を解かれた。ところがエストラダにしてみればアロヨは憎く、2004年大統領選選挙には自身の公民権は失っているので兄弟分のFPJをアロヨの対抗馬として擁立しぶつけた。

 この時の得票率はアロヨ
40%弱、FPJ37%弱と公式発表ではそうなっているが、フィリピンの選挙というのがまたいい加減で、いくらでも得票の操作は可能な仕組みになっていて、負けたFPJ陣営は『不正選挙』だと騒ぎ、ところがその最中にFPJは急死。

 アメリカから養女のポーは帰国し、
2010年にアキノ政権が誕生して『大統領府映像委員会』委員長に2年間就任したが、これはアキノ陣営が人気の高かったFPJ支持層を取り込むための懐柔策とも言われている。

 2013
年、ポーは上院選に出馬しトップ当選し、現在任期(6年)の半分にも満たないのに、次回大統領選に出ることとなった。これはフィリピンの大好きな『世論調査』で、大統領候補支持率調査というのが毎月のように行われていて、ポーは常時2位に付けていた。

 トップは副大統領のビナイで、この人物フィリピンで一番の金持ち自治体マニラ首都圏マカティ市長として半世紀近くも君臨し、現マカティ市長は座を譲った息子。娘が下院と上院議員(わずか
24名で3年ごとに過半数を改選)に短い期間にビナイ王朝とまで言われる繁栄ぶり。

 フィリピンの政治風土は民主的とは名ばかりで中世そのもので、地元に巣食う政治屋一族で、議員職は勿論、役所の要職を一族、もしくは一族の息のかかった人間で固めるのが当たり前になっていて、そういった体制が利権を呼び、汚職蔓延の温床となっている。

 そのビナイ、マカティ市長職の長期独裁でやはり美味い汁を吸っていたのは間違いなく、アキノ陣営から数々の汚職疑惑が暴露、問題になった。それまで世論調査で独走状態だったビナイの人気は下降し、最近の世論調査では
2位に落ちて、トップはポーに入れ換わった。

 そこで世論調査の結果に欲が出て大統領選に出馬というのがポー側の今回のシナリオとなった。アキノ陣営は大統領候補には世論調査では不人気で
4位前後を低迷するアキノの盟友ロハス(前回大統領選では大統領選に出たかったがアキノに譲り、自身は副大統領選に回り、ビナイに惜敗)を押し、副大統領候補にポーを据えて選挙を戦うつもりだったが、野心の出たポーはアキノ陣営の説得に応じなかった。

 それどころか、アキノ陣営の政策をそのまま受け継ぐと表明し、ロハス支持票の取り込みを計っている。ポーは自らの出自を『捨て子』だったと強調する出馬演説だったが、これはフィリピン国民の大好きな『シンデレラ・ストーリー』を全面に出し、ビナイの強い支持層である貧困層を取り込むための作戦で、『捨て子でもフィリピンの大統領になれる』という貧困層の夢見る幸運待望、運命論に調子良く合わせた選挙戦術の一つでしかない。

 長くなったのでポーとペアを組んで正副大統領選を戦うエスクデロに関しては、簡単に経歴を記して次回以降に回したい。地盤はルソン島南端のソルソゴン州で、父親は農業省の長官を務めた事もある下院議員を歴任、その地盤を世襲して
1968年下院議員に29歳の時当選。

 下院議員は連続して
3期以上出来ないが、次のステップ2007年上院選に出て当選、現在上院議員2期目。上院議員も連続して2期、12年以上出来ないが、2019年までの任期を残して今回の副大統領選に立候補とシナリオ通り、

 挫折を全く知らない政治人間ながら風を読むのは巧く、目下副大統領としては当選圏に一番近いと言われている。

【写真はアキノ政権は『真っ直ぐな道』を掲げるが、フィリピンに真っ直ぐな道などあるのか?】




 
author:cebushima, category:フィリピン2016年選挙, 18:15
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