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ヴィエンチャン暮らし2015年 その (23) 日野春駅


 4月に家人と日本の鉄道を利用し『五大桜』巡りをし、その様子を小欄に書いたが、特に印象的だった駅のことを書いてみる。

 写真は中央線『日野春駅』で、甲府駅からは松本方面に韮崎を通って六つ目の駅になる。この駅の次の次の駅が清里を通って小諸方面へ行く小海線の小淵沢駅になり、八ヶ岳の麓に近い場所にある。

 写真でいうと左手側が松本方面、右手が甲府、東京方面になる。中央線はかつて甲府方面に行くために良く利用したが、今回は何十年ぶりかなと数えるのも分からないくらいだった。

 この駅に降り立ったのはここに五大桜の一つ『山高神代桜』があるためで、普通だったら降り立つような駅ではないし、こんな名前の駅があることも知らなかった。

 日野春駅は山梨県北杜市にあり、北杜市という市が山梨県にあることは初めて知った。市名は仙台が『杜の都』といわれているように、杜はもりと読むし、死んだ作家の『北杜夫』と関係でも深く北杜市を最初にきたもり市と読んでいたが、これは間違いで『ほくと市』と読み、北杜夫とは全く関係はない。

 しかし、『ほくと』だと北海道の函館近くに『北斗市』という同じ読み方の市があって紛らわしいが山梨と北海道だから構わないのかもしれない。どちらのほくと市も近隣町村を合併して無理に市にしたような所で、北杜市は2004年、北斗市は2006年に発足。後発の北斗市は同名の市が山梨にあることを知らなかったのだろうか。

 さて、この駅に戻るが、この駅の開業は1904年(明治37)だから、既に100年以上も経っていて、その昔は蒸気機関車の給水を行った駅でその遺構も残っているらしいが、今回は気が付かなかった。

 この辺りを走る中央線は山裾を走り標高の上がっていることは分かるが、この駅の標高は615mになる。東京の名山、高尾山の標高が600mを1m切る599mだから、それよりも高い所にこの駅はある。

 余談になるが高尾山には子どもの頃何度も登っていて、薬王院では火渡りも経験している。この火渡り、父親にせかされて渡ったが消し炭のようになっている渡る道も子ども心には怖くて、やっとの思いで渡った記憶を持つ。

 もう一つ余談を書いておくが、父親は戦前に『中央線に添う山』といった題名の登山ガイド本を出している人物だが、その父は『高尾山が一番良い山だ』といっていた。低い山でもそれなりに登山の楽しさを味和える山になるのだろう。

 写真の日野春駅、映画のロケに使えそうなたたずまいで、駅舎左側に今を盛りに花を付ける桜の樹が見事だった。しかし桜の樹にしては枝ぶりが他と違うようで、何かの品種なのだろう。

 駅前には県道があって、家は道沿いに少しあるが、それだけで他に何にもない。駅は段丘のてっぺんに位置していて、ここから九十九折の道を下って町に入るが、その道はとても歩いて行ける距離ではなく、駅前に停まるタクシーを利用しないとどこにも動けない。

 そういった地形のためか国蝶の『オオムラサキ』が見られる場所として有名で、蝶好きには知られた駅でもある。また、日本の各地にある駒ヶ岳の中で最高峰を誇る甲斐駒ケ岳(標高2967m)への登山口も、この日野春駅下車となる。

 今回の写真を見ても分かるように雲がかかり、突然雨が降るような不安定な天気で周囲の山、八ヶ岳や甲斐駒ケ岳など全く見ることはできなかったが、桜の時期には頂に冠雪した山々が間近に見えて、その様子が映えるとのこと。

 肝心の神代桜だが、寄る齢月に勝てないのか、あまり花の付きは少なかったが、その幾星霜を経た荒々しい幹は見事。この神代桜は寺の境内にあって、その境内に咲く他の桜が満開を過ぎて、折からの突風にあおられて見事な桜吹雪を見せてくれたのも印象的だった。
 


author:cebushima, category:ヴィエンチャン暮らし 2015年, 21:13
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