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7月24日(水) 曇り、にわか雨、風なし 閑話休題 《 写真を整理して思い出す津波被災地の人々 》
 パソコンの不具合が生じ、今は使えるようになったとこの前に書いたが、まだソフトやファイルを改めて入れたり編集し直していて、一番手がかかるのはパソコンに入っていた『写真』の処理、整理だった。

 もちろんバックアップは取ってあり写真画像が消失することはなかったが、その写真を入れていたソフトが消滅していた。今まで写真用にはニコンのソフトとグーグルの『
Picasa』を二重に使用していたがどちらも駄目。

 ニコンはソフトの入っていたCDが見つからず、メーカーからダウンロードできるかと思ったら、機種が古いので載っていなくて諦めた。

 Picasa
の方はエイヤっと半ば恐れながら入れ直した。こういったソフトの仕組みはどうなっているのかさっぱり分からず、ソフト任せにするしかないが『案ずるよりも産むが易し』の例え通り、元通りのファイル順、画像で復活した。

 この
Picasaには『人物』という項目があって、画像全部から人物の顔を自動的に認識して抽出、羅列する機能があって、そちらも問題なく復活した。その次に抽出された顔を個人別にファイルを作成して選り分けていくが、これは半日かかりの作業となった。

 こういった識別、選別作業ではコンピューター機能は凄いとは思うが、中には選挙ポスターや広告の顔写真、人形などの顔も人間の顔として抽出、あるいは単なる風景写真の豆粒のような顔まで多数抽出していて、その区別能力はやはり人間の判断力には及ばないなと感じた。

 その作業の中で、懐かしい顔に出会い、写真がその一枚で撮影地は津波で大被害を受けた岩手県陸前高田市になる。私はあまり人の顔とか名前を憶えられない人間だが、この被災地の人々の顔は今でも良く覚えていて写真選り分けに困ることはなかった。

 撮影時期は
2011916日、陸前高田市の山裾にある公民館で炊き出しをした時の一枚で、参加者は国際結婚をした家族で女性ばかり写っているが男連中は隣の部屋で談笑中。

 最近、陸前高田は枯れてしまった『奇跡の一本松』が復元されたとニュースになったが、そんなニュースよりも被災者が今どうなっているかを伝えるのがマスコミの役目と思うが、相変わらずすぐに忘れる日本人の性根は変わらない。

 プラスティックの葉を付けた一本松は
2億円もの寄付を集めたが、地元の人が一本松のあった松原の木を京都の五山で被災者鎮魂のために焚き上げようとしたら『放射能汚染』されているとデマで大騒ぎして、中止させたのは同じ浄財を集めた日本人ではなかったか。

 津波被害からまだ
2年半も経っていないが、福島の原発といい、日本人は反省もせず、忘却してしまう民族だとつくづく思う。そういう国民性だから70年近く前の戦争など遠い遠い昔の話になってしまい、アメリカの手先になって自衛隊を海外に出兵しようともくろむ時代に入ってしまった。

 この間の参議院選挙で自民党の安倍など得意絶頂で、自分の爺さんが
A級戦争犯罪人で巣鴨拘置所で判決を待っていた位は話に聞いているだろうが、あの爺さんが起こした戦争は正しい戦争なのだと、歴史のネジを逆回転させている世界観の人物だから戦後の同じ『63』制の義務教育を受けた人間とは思えない(大体、あんな人物=岸信介が後に総理大臣になってしまうのだから日本人は馬鹿としか言いようがない)。

 話が飛躍してしまったが、私の震災支援の旅は写真に写る外国人花嫁たちの日本でのたくましい生活ぶりに触れた旅でもあり、それぞれの顔に津波被災を含めて一つ一つ重いドラマを抱えていて、日本人がこのフィリピンに住んでいる状態と比較すると、日本人男の弱弱しさだけが目立ってしまう。

 あれから
2年、写真に写る人々はまだ仮設住宅に住んで先の見えない時間を送っているのか気になるが、元気でいて欲しいと願う。


 
author:cebushima, category:閑話休題2013年7月, 20:00
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