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12月19日(水) 曇り、時々雨、微風 閑話休題 《 また選挙の話で『都知事選』について 》

 衆議院選挙の影に隠れて目立たなかったが、東京都知事選について書いてみる。今回は1999年から知事の座に座った石原が途中で放り出しての選挙になり、副知事だった猪瀬が当選した。

 石原の前は青島幸男が1期務めているから東京都民は作家が好きなようだ。猪瀬は著作『ミカドの肖像』が代表作で作家と言うより評論家に近い。読んで、天皇制擁護なのかその反対なのか分からなかったが、石原のお気に入りならば天皇制絶対主義者の範疇に入る人物だろう。

 都知事選で思い出すのは1967年に選出された『美濃部亮吉』が印象に強く残っている。この時の選挙は社会党、共産党が組むいわゆる革新統一候補というのが自治体選挙で席巻し、美濃部は見事当選。

 投票日前日だったか、私が利用する駅前で最後の演説会が開かれていて、その様子を見ていて当選するんじゃないかと言う勢いがあった。この時の選挙で美濃部陣営はスカイ・ブルーをシンボル・カラーとし、対抗馬の方はオレンジだったと記憶するが、当時は公害の様々な問題が噴出した時代でもあり、スカイ・ブルーはいかにも効果的で、選挙にシンボル・カラーが採用されたのは、この選挙からではないかと思う。

 投票を済ませてその足で長野に行き、長野駅にあった待合室のテレビで都知事選の開票速報が流れ、その時の票数は今でも覚えているが美濃部800票、他はゼロで、開票速報では先に票が出た方が当選の可能性が高く、これで美濃部は当選と思った。

 美濃部はそれなりの哲学を持って3期やり、最後の方は野垂れ死にのようになったが、今の時代を考えると美濃部の敷いた路線というのは、『ワーキング・プアー』の言葉で象徴する貧困格差が広がっていることを考えると先駆的な試みで、そのまま定着、続けていたら日本は福祉の面では進歩的な国になったと思うがどうだろうか。

 さて、今回の都知事選に戻るが、猪瀬は433万票余を獲得して、これは日本の個人では最多の得票数で、何でこんなに票を集めたかは良く分からないが、他の候補者が駄目過ぎた裏返しの結果なのだろう。一番の対抗馬だった元日弁連会長だった宇都宮など100万も取れず、元神奈川県知事だった松沢など法定得票数(有効投票数の10%)に達せず、供託金没収の惨敗となった。

 こんな中で、毎回都知事選に立候補する中松などコンスタントに12万票ほど取っているから支持基盤のない中、立派と言えば立派である。そういえば前回の都知事選で元宮崎県知事が出て石原と争い次点だったと思うが、この人物が石原率いる党派でチャッカリ関西の方の比例区で当選。政治をやる奴と言うのは節操がないのも資質の一つのようだ。

 石原も東京比例区で当選して中央政界復帰と見られるが、自民党が一人勝ちしてしまって、党派の領袖とは言え政界では居所はあやふやになったのも事実。亡くなった立川談志が石原を『小説も駄目だし、都知事程度のお山の大将が似合っている』と生前語っていたが、見ている人は見ているものだ。

 私の石原の印象は、その昔クルーザーのヨット・レースに打ち込んでいた頃、油壷の自艇の上で石原を良く見かけたが『ヨットの好きなオジサン』との印象が強く、政治で突っ張っているような人物には見えなかった。


author:cebushima, category:閑話休題2012年12月, 21:20
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