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12月14日(水) 朝方雨のち晴れ 閑話休題 《 近所の新しいモール 》
  本欄の『閑話休題』をまる四か月間書いていない。前に書いたのは814日の『本日、日本へ行きます』だった。

 この日本行は東日本大震災被災者支援が目的で、三か月間宮城、岩手、福島の三県を廻った。

 その活動記録はTwitter@ivjapanに掲載中なので興味のある方はそちらを見ていただきたい。Twitterではさわりだけの記述なので、もう少し落ち着いたらブログ用に支援活動記録を詳細に書き込む予定でいる。

 三か月もセブを留守にしている間に我が家の近所でかねてから建設中のショッピング・モールがオープンし、それに連れてその近在に大きな変化があった。

 このモールは日本食レストランが何軒も(56軒か)店を広げている交通量の激しい通りに作られた。日本食レストランの数が曖昧なのはいつの間にか消えてしまっている店もあるし、私自身が日本食レストランなどで食べる興味がないせいもある。

 写真はその通り側をモール正面から撮ったものだが、通りの向こう側、写真中央では現在、店や住居の撤去が進んでいる。この辺りはフィリピンらしい小さな食堂が立ち並び、その奥は迷路のように住居が立て込んでいた。

 私など『セブのカスバ』と名付け、フィリピンのどこにでもある『スクオッター=不法占拠住民』地域でもあった。しかし昔から住んでいる人が多く、互いに顔見知りなので危険性はない。むしろ、取り澄ました隣が分からない住宅街の方が危険性はある。

 フィリピンの生の姿を知るには良い所だったが、跡地はガソリンスタンドになるともビルが建てられるともいっている。立ち退きが上手くいったのは立ち退き料をチャンと支払ったためらしい。モールにしてもこの立ち退き地も事業主はフィリピン経済を牛耳る中国系で、相変わらず中国系は商売が上手いなと感じさせる。

 さてこのモール、以前はマッチ工場があって長い間閉鎖されていた。前の持ち主はフィリピン上院議長のエンリレだったが、閉鎖中に売却したようだ。エンリレはマルコス時代の国防長官だった人物で25年以上前に『エドサ政変』をラモスと共に起こしたと名を残すが、その経歴は風見鶏で北部ルソン島では絶対的な権力を有する。

 モールの事業主は『ドライ・マンゴー』を作る会社で、私なども日本に土産に買って帰る逸品だが、あんな物で巨額の財を築けるとはさすが海外に出た中国人は凄い。しかしフィリピンの経済は思わしくなくなっていて、こういった投資がいつまでも成功するかどうか見ものである。

 モール敷地には貸しビル、高層コンドミニアムなどが続けて開発される予定だが、日銭の入る店舗ビルを先にオープンした。映画館などもできるという話だが、無理やりオープンしたためかテナントも工事中が多く、何とも盛り上がらない。

 スーパーがあって買い物に行ったが、同系列のスーパーより売れないのか生鮮物の活きが悪く、あまり買い物をしたくない場所である。スーパーで気が付いたがこのモールではゴム草履ばきの人が目立ち、近所の人間が歩いて買い物をしていて他のモールとは客層が違っていた。


author:cebushima, category:閑話休題2011年12月, 17:21
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