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11月13日(土) 曇り、にわか雨 閑話休題 《 新宿ゴールデン街入口の写真から 》
新宿ゴールデン街入口の写真から 写真を整理していたら、この写真が出てきた。

 撮影期日は2006910日、その頃は中米ホンジュラスに行くために東京で準備をしていた時期で、しばらく見納めの東京の街の中を当てもなく歩いた記憶がある。

 新宿ゴールデン街は1970年代頃から出入りしたが、その頃は今の写真に写るような雰囲気ではなく、もっと裏小路の長屋風だった。もっとも、こういった飲み屋街の昼間の姿は夜とは全く雰囲気が違うから、夜は夜でそれなりの怪しい感じは出てくるのだろう。

 ここはジャーナリストや作家といった人種が集まる所で、間口の小さな店にはそれぞれの贔屓客が夜な夜な徘徊していた。私も知人が1980年代に2階で店をやっていたので時々通ったが、どんな有名人が飲んでいても素知らぬ顔をしているのが暗黙のルールだった。

 その中でも忘れられないのは『たこ八郎』で、カウンターの隅で身体を傾けて静かに飲んでいたのが印象的だった。よく覚えているのはその後海で溺死してしまったからだった。

 たこ八郎はおかしなコメディアンで売っていたが、素顔は生真面目な人で少しも芸能人らしくはなかった。元ボクサーでその強さは絡んだ数人のヤクザを一度に叩きのめしたほどの本物だった。

 一時代を築いたゴールデン街もバブル以降は地上げにあって、閉まった店も目立ち、客層もおとなしくなり何となく活気を失ってしまっている。

 新宿は東京でも有数の盛り場になっているが、小学生の頃は都電を乗り換えて新宿まで行った記憶があるし、今の新宿3丁目付近など昔の赤線地帯跡でそばを通るだけでも怖かった。

 新宿の東口は伊勢丹や三越があって早くから繁華街だったが、西口などまだ『淀橋浄水場』があり、駅のホームから向こうは広漠な感じがあった。

 浄水場も金網から覗くと死んだような廃墟に見え、もう操業を止めた時期だったのかも知れない。新宿駅でさえ、ホームは白熱球が灯る侘しい田舎の駅風で、今のように駅ビルになるのはずーっと後の話であった。

 淀橋浄水場跡の今は新宿副都心として高層ビルが林立し、今昔の感がある。
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author:cebushima, category:閑話休題2010年11月, 08:39
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