- 4月22日(月) 晴れ、軽風 閑話休題 《 『廃用身』 》
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2013.04.22 Monday廃用身とは聞きなれない言葉だが文中の説明によると『脳梗塞などの後遺症で麻痺し、リハビリをしても回復が見込まれない、動かない手足のこと』とある。
この文庫本はどうして買ったか分からないが、105円、何かの医学的なルポルタージュだと思って手を出したようだ。
そのまま積んであって最近になってページを開いたが、書き出しが何か異様で、数ページ読んで放っておいた。
それが日曜日に再び手にして一気に読み終えた。読んで行く内に、これはノンフィクションかと思い、その内やはり小説だったという事が分かり、作者の力というべきだろうが奇妙な読後感を覚えた。
作者の『久坂部羊』の本職は医者で、書いてあることは本物に近く、虚と実が入り混じった文体はこれがデビュー作とは思えない作品だった。
物語は主人公であるディケアー診療所の所長が廃用身を切断することによって、本人、介護者の負担が少なくなると確信。
本人と身内の同意を取り付けて老人の足両方と片方の腕を切断する所から始まり、10数人の老人の手足を切断する物語で、その中に真実味を帯びたエピソードを散りばめ、2003年に発表された時大きな話題になったと思うが、何の賞も受賞していないとは不思議、恐らく題材の強烈さが嫌悪感を持たれたのではないかと思う。
作者はリハビリしても動かない手足を切断することを『Aケア』と名付けていて、これは英語の『Amputation=切断』から頭文字を取った物で、手術を説明するのはこういった優しい言葉が良いとしている。
文中では麻痺した手足を切断した患者のその後が描かれ、どれもその効果が挙げられていて、いかにもこのAケアが老人介護問題の切り札、一つの解決法と読者に印象付ける。
本当に切った分だけ身体が軽くなって介護者は楽になるのは分かるが、廃用身に回っていた血液の分が脳や健全な手足に回って痴呆や動作の改善が図れたなどと書いてあって、小説だからそういう断定も可能だが、医学的に本当かなと思う。
また役に立たなくても人間の身体を切断するのは倫理観からどうかなという反論もあるが、その辺りの筆力は読者を納得させてしまう。
作者は在外公館の医務官の経験があって、その頃のエピソードを題材に取り入れているが、特に海外に派遣されたJICAの専門家に関してかなり批判的、リアルに書いていて私も多少知っている方だから、その辺りは成る程、成る程と小気味よく読んだ。
こういった小説が出てくるのも喫緊の課題としての『老人介護』の問題があって、10数年後には日本は65歳以上が3分の1を占める現実が迫っていることと関係が深い。
この間、何かの調査を日本の新聞で見たが、身内で親などを介護していて半数以上はその存在を『憎い』と思ったなどの結果が出ていた。
社会面では介護の疲れの果ての殺人事件など珍しくなく、真摯に取り組まなければいけないのに日本はお座なり、『老老介護』の言葉で象徴されるように先送りの感は拭えない。
老人問題は『青年の問題』と本書で指摘しているが、確かにケータイだスマホだSNNなどとノー天気に過ごしている若者が老人問題は『自分の問題』と目覚めない限り前進はない。
この小説は思わぬ展開で終わるが、誰でもやがて来る老齢の身を考えるためにも是非一読を勧めたい。
- 3月31日(日) 曇り、時々晴れ、微風 閑話休題 《 桜咲く=新宿御苑のことなど 》
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2013.03.31 Sunday明日から4月、今日はまだ3月の内というのに東京の桜は散り始めているという。今日辺りの桜の名所はさぞ花見客でにぎわったと思うが、これを書いている時のセブの気温が31度、対する東京の同時刻では8度となっているからかなり寒い花見になっているのではないか。
写真は2010年4月6日、新宿御苑で撮った。この年の東京の桜の開花は例年並みだったと思うが、今年のように3月中に盛りを過ぎてしまうのは記録的な早さだったのは間違いない。
写真でも分かるようにまだ人々の服装は冬服から抜け出さず、何となく蹲った感じを持つが、新宿という繁華な場所にこういった一画があるのはなかなか良い物である。
新宿御苑は門の所にあった看板によると外周3.5キロ、ゆっくり歩いて小一時間という所か。面積は58.3ヘクタールとあり、1ヘクタールが1万平米、都合58万3千平米、日本的に坪数でいうと17万6千坪余、広大な面積の例えに百万坪というが、あの広いと思われる新宿御苑も案外と狭い物だなと数字では感じる。
新宿御苑の江戸時代は信州高遠藩の下屋敷で、わずか3万石余の大名でもずいぶん広大な土地を持っていたなと思うが、当時の新宿は江戸の外れ土地などいくらでもあったのだろう。今でも御苑の町名は内藤町でそのいわれも分からない人が多くなっているのではないか。
その後、皇室の持ち物になって御苑となり戦後開放されるが、皇室の存在云々はともかく宮城にしろここにしろ皇室がここを持っていたから結果的に現在のように残った。いわゆる皇族や大名上がりの華族といった連中の持っていた由緒ある屋敷などは戦後ほとんど民間に買われてしまって、今やホテル(プリンス・ホテルなどほとんどその手)やマンションに化けているから皇室の果たした功罪の功の方は確かにあった。
日本の学校の入学式は4月の第1週か第2週の月曜日に行われるが、私の場合、遥かな昔の小学校の入学の様子は良く覚えていて、校門を覆うように満開の桜の樹の枝が伸びていてハラハラと花びらが落ち、子ども心にも何か晴れがましい感じを受けた。
この小学校も都会地の子ども減少のあおりを受けてずいぶん前に廃校となってしまった。幸い跡地は野原のように災害時の避難場所になり周りには樹も残されているが、その桜も子どもの頃とは違う桜が植えられていて見るからに細い。
日本では教育改革と称して入学時期を欧米と合わせるために9月にしようなどと東大を筆頭に画策している動きがある。そんな外枠よりもやっている中身の問題だと思うが、日本人の感性に刷り込まれた桜と入学式の関係はちょっとやそっとでは変えられないのではないか。どうしてもというなら入学などいつでもOK位の度量で当たれば良いことである。
ちなみにフィリピンの卒業は3月で日本と同じ、そこから違うのは暑い国なのにもっと暑くなるので夏休みに入り、6月から入学、新学年は始まる。日本よりも海外留学が盛んなこの国で日本のように欧米に合わせて入学時期をずらそうなどとの論議は聞いたことがない。
- 3月30日(土) 晴れ時々曇り、微風 《 今日は『ブラック・サタディー』。中米・ホンジュラスを思い出す 》
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2013.03.30 Saturdayスペイン語では聖週間を『Semana Santa)』というが、2006年から2008年にかけて滞在した中米・ホンジュラスの古都『コマヤグア』では『アルフォンブラ=絨毯』という行事があって、たくさんの写真を撮った。ここに2008年の写真を掲載する。
こういった型紙を作る事から始まる。テーマはやはりキリストにちなんでいるが、会社や学校、あるいは個人がスポンサーになって作る。
手前にあるのがアルフォンブラ作りの材料になる各色に染めた『おが屑』。おが屑はホンジュラス産の松で、ふるいにかけて粒を揃えている。前夜12時過ぎから作業開始。作業前には消防車が来てゴミや砂を吹き飛ばすために放水。アルフォンブラ作りは、男女がおおっぴらに夜中に出られるので作業にかこつけて睦言を交わすカップルも目立つ。作業も深夜になって佳境。だいぶ疲れの見える人も出てきて、そういう人は脇の舗道でごろ寝。
夜が白んできた。相当出来上がっているグループもあるし、まだ追い込み中のグループもある。こうやっておが屑を置くのは良いが、風に吹き飛ばされるのではと心配したが、噴霧器で水をかけて湿らせると結構重い。そのために噴霧器係りが付いている。夜が明けてしまった。朝日を浴びながら完成を急ぐが、一晩中写真を撮っていた私も朦朧、ピントが合っていない。作っている人の苦労も知らずに、観客が出来栄えを批評中。そうして苦労して作ったアルフォンブラだが、キリスト像を乗せた『ミコシ』がその上を歩く。写真は出発場所の教会前。ミコシは左右20人ずつの計40人で担ぐ。2008年は三角帽子の覆面姿で、見ているだけでも暑そう。
巡行が終わると市の清掃車と清掃人が来て、あっという間にアルフォンブラの残骸は片付けられる。右側の建物は市役所。このおが屑はご利益があるといって持ち帰る人も多く、写真でも子どもが瓶に詰めているのが分かる。