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へそ曲がりセブ島暮らし2017年 その(28) 当るも当らぬも八卦の『選挙予測』

 選挙の予測は競馬や競輪よりも偶然性は少なく、割合当るようだが、去年のアメリカ大統領選で絶対当選と読まれていたクリントンがトランプに負けたことや、やはり事前では有利、自信を持って選挙に挑んだイギリスのメイが惨敗したように番狂わせもたまには出る。

【写真はメコン河の夕陽】

 その辺りが選挙は水物といわれる所以だが、例外はあるものの、だいたいの傾向は予測から外れずに結果を当てている。ただし、こういった調査は固定電話にかけてアンケートを取るが、今時、固定電話に出て応える層など年寄りばかりで、この手の調査も少々怪しい時代でもある。

 日本は総選挙の真っ最中で、この時だけ頭を下げる有象無象の候補者が走り回って、さぞ五月蠅いことだと思うが、候補者にとっては泣いても笑っても22
日の日曜日の投票結果で、無職になるか威張り腐れる先生になれるか岐路にあるから必死にならざるを得ない。

 今回の衆議院選挙は安倍自民党が今なら勝てると踏んで解散に踏み切っていて、安倍の『自爆解散』などといわれ、その流れは安倍側の読み違えで希望の党という新党にかなり食われるのではないかと見られていたが、どうも各種世論調査では自民党圧勝の線が濃くなっている。

 希望の党は女性初の首相に野心を持つ都知事の小池が仕掛けた党だが、あろうことかという表現が当るように野党第一党の民進党を呑みこんでしまい、民進党の代表になった前原もだらしはないが、小池の方が役者は上だと見せつけた吸収劇であった。

 そのまま進めば希望には風が吹いてかなりの線に行くのではないかと見られたが、小池の民進党合流者に対する選別、排除発言が出てから希望は落ち目になった。今や小池は『独裁者』呼ばわりされているから変われば変わるものである。

 元々、党派というのは広い範囲の考えの人物で構成されているもので、自民党などその典型で、小池流に選別されるなら自民党は空中分解する。それが自民党としてまとまっているのは中央も地方も権力と利権に一番近く、かつ長年握っている政党であることで、理念でもなんでもない。

 かつての政権交代で民主党が国政を担いながら、政権から滑り落ちたのはこの従来の権力と利権を握る層と合致しなくて、動きが取れなくなってしまったことで、人間の問題であり政策がどうのこうのという問題ではない。

 さて、小池の排除発言というのはかなり逆効果になって、排除された民進党の連中が急遽立ち上げたのが『立憲民主党』で、何だか明治時代の政党のような命名だが、日本人はことの是非よりもこういった筋を通すことが大好きで、判官贔屓もあって立憲民主党は今や希望を凌ぐ勢いを見せている。

 そういった動きを見ながら、選挙期間中に出されている各種マスコミの選挙予測に触れてみたい。どこの調査も数字は似通っているが、立憲の動きはどこも読めなくて投票率の上昇があったなら大番狂わせが起こる可能性がありそうだ。

 安倍が解散に踏み切ったのは自民党独自の選挙調査からといわれていて、それによると現有議席290
議席から239議席と大幅に減っている。それでも解散に踏み切ったのはこれが底で、解散が遅くなるともっと状況が悪くなると読み、北朝鮮問題の危機に備えてなど、ただの言い訳である。

 ところが選挙戦に入って、自民党はやはり地方は強く、自民党堅調とか圧勝が伝わるようになり、ほぼ現有議席維持になるのではと成功している。また、自民党調査では自民党の提灯持ち公明党は現有35議席から34議席とほぼ維持され、現在の与党体制は盤石の様相を見せている。

 一方、同自民党調査で希望は100議席、立憲は29議席と当初は読まれている。自民党政府の代弁、機関紙ともいわれている産経新聞の予測では自民は272〜300議席を得、安倍体制は継続する見通しとなっている。

 対して同産経調査で希望は39〜52議席でやはり伸び悩み、立憲は46〜60議席と野党第一党の座を占めるのではないかの数字が出ていて、民進党憎しの産経でも立憲はかなり伸びると見ている。

 選挙の風という摩訶不思議な風で政治が左右されるのもおかしいが、これは日本だけではなく、この間のフランス大統領選でも、あれだけの左右の政治風土が成熟している国でも大風が吹き、若い大統領が出現した。

 このように今回の衆議院選挙では他の調査結果を見ても似たような数字で、どうも自民党圧勝、立憲健闘、希望伸びずといった開票結果の見出しが躍りそうだ。

 ただし、こういう結果になったら自民、公明に自民党の別動隊という評価が出ている希望と維新の党を加えると楽に衆議院議席3分の2は超えて、安倍が目論む憲法を弄ることなど前よりも簡単になり、何でもできる危険な状況が出来、『翼賛選挙』とまでいわれている。

 こうなると、今回の選挙は民進党を潰すために安倍と小池が仕組んだ八百長選挙、安倍の高笑いが聞こえて来そうで、そうならないためにも、反自民、反安倍側は奮闘して欲しいもので、まだ大風が吹き荒れる可能性は残っている。

 


 

author:cebushima, category:へそ曲がりセブ島暮らし 2017, 18:24
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小さな旅 ボホール島篇 2017年 その−7 『アンダ海岸の夕方近くの干潮時』

【写真−1 海岸に旗を立てるのが好きな国民性か】

 

 

 あれほど輝いていた太陽が没し始めると、吹いていた風も落ちて、写真−1のように海岸に立てられた旗も元気なく垂れ下がっている。この時間は夕方の干潮時に当たり、隠れていた海面下が姿を現す。元々、満潮時でも沖合まで浅いアンダ海岸だが、この頃を狙って浅瀬で魚を獲る人も見かける。

 

 

【写真−2 砂浜は長いが潮が引いた後の様子が少々難点】

 

 

 写真−2の左側の砂浜から、徐々に潮が引いて海底の様子が見えるが、砂とゴツゴツした岩混じりの海岸で、珊瑚だけの砂浜が沖合まで続いていないのが、アンダ海岸の弱さになる。この時間になると涼しくなるので、地元の人が犬を連れて散歩する姿も見かける。

 

 

【写真−3 こういう岩が満潮時に隠れているので遊泳には不適】

 

 

 また、写真−3のように姿を現した岩場には海藻が生えていて、こうやって写真を撮っている場合は面白いが、これが海面下にある時は足元が滑り、決して汚いものではない自然の物だが見た目はよろしくない。アンダ海岸が今一つ、フィリピンで抜きん出たビーチにならないのはこの自然の造作が影響している。

 

 

【写真−4 アオサのような海藻だが食用にはならないようだ】

 

 

 写真−4のように場所によっては海藻がこのように生えている。まるで苔のようだが、こういう海藻があるというのは生態系としては自然で、水遊びするには最適とはいえないが、むしろ綺麗な生態系が保たれている証しといっても良い。そういえばこの海岸に来て日本のような潮の香りが強かったのはこういった海藻があるせいなのだろう。

 

【写真−5 朝食を海を眺めながら食べるには最適】

 

 

 泊まっているホテルの海岸側に面した建物が写真−5。この造りは恐らくこのホテルが最初に作った建物で、今は後ろにビルを建てているが、当初はこのように素朴な施設であったようだ。造りは掘立小屋風でも眺めは良く、アンダ海岸には何とかリゾートと名前だけは立派なリゾートが多いが、多くは写真のような造り。

 

 

【写真−6 贅沢といえば贅沢なライブ・バンド付きの夕食】

 

 

 泊まったホテルでは週末にはバンドが出て一晩中歌っている。写真−6は食事を取りながら撮った一枚で、ドラム、ベース、ギターの4人組は滅法巧く、こんな片田舎で演奏させるにはもったいない。フィリピンはどこへ行ってもこの手のバンドは巧く、感心することしきりだが、器用過ぎるから逆に駄目なのかなと考えることもあり。

 

 


 

author:cebushima, category:小さな旅 ボホール島篇 2017年, 18:40
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四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(67) 宇和島市にある神仏混淆の色濃い四十一番札所『龍光寺』

 四十番札所『延光寺(えんこうじ)』から四十一番札所『龍光寺(りゅうこうじ)』間の距離は50キロ以上あり、足摺岬を中心にこの辺りの札所間距離はどこも長い。

【写真−1 地元でもこの札所は『お稲荷さん』と呼ばれている

 この地域に高速道路が近年開通し、車遍路は便利になったが、高速道路から見える風景というのはどこも同じで、旅情よりも移動中としか感じない。

 利用した高速道路は『松山自動車道』といって、始まりが宇和島郊外から松山市へ入り、高松方面の『高松自動車道』に接続し、徳島から鳴門海峡大橋へ抜けている。

 このように四国も便利にはなったが、徳島から高知に抜ける沿岸と高知から愛媛へ抜ける沿岸は高速道路が未発達で、瀬戸内海側に偏っている。

 カーナビの案内のままに高速に入り、高速を降りて平野部を抜けて着いたのが四十一番札所『龍光寺』。写真−1は龍光寺本堂へ至る境内正面にあった『稲荷神社』で、龍光寺は山号を『稲荷山』としてあるように、かつては神仏混淆であった。

 日本の今は神社と寺は住分けられているが、明治になるまで神と仏を同時に信仰する形は普通で、これが慶応4年3月13日(1868年4月)に明治新政府が発した『廃仏毀釈令』によって踏み潰された。

 発足した天皇制新政府に権威を持たせるために、広く信仰されていた仏教を排斥して国家神道をごり押しした訳で、国家というのは信仰心も平気で操作する一例であるが、龍光寺のように寺と神社が一緒に信仰されている例はまだ多い。

【写真−2 小雨が降っていてやがて大雨になった】

 その境内から町の方を見た風景が写真−2。龍光寺の山門は石造りの鳥居で、写真の階段を昇り切った両脇には石の狛犬が鎮座していて、国家権力がどう強制しようがこのように仏と神を同時に信仰する人の心は打ち砕けない。

 柔らかな雨が降っていて、しっとりとした風情が境内に流れ、写真で分かるように歩き遍路の人はビニール合羽姿が目立つ。

【写真−3 本堂の右手に稲荷神社があり神仏混淆をはっきり残す】

 写真−3は本堂で、本尊は『十一面観世音』。尊顔の他に頭部に10の顔を持つところから十一面観世音と呼ばれ、6つある観音の一つで、観音菩薩の化身とされ現世利益にありがたいらしい。

 参拝中に歩き遍路のスイス人女性と境内で会ったが、この四国八十八ヶ所巡りは海外でも知られているのか、外国人の姿も多く見かけた。このスイス人、境内から裏山の険しい道を登って行って消えた。

 後で分かったが、この山道は四十二番札所『仏木寺(ぶつもくじ)』へ通じる昔の遍路道で、木立に囲まれた道らしいが距離は500メートルに満たなく、県道に出て車道を歩くようになり、昔日の歩き遍路の余韻に浸れるのはわずかである。


 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 18:06
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