- 5月16日(水) 曇り、軽風 閑話休題 《 ラオス産のコーヒーの味 》
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2012.05.16 Wednesday
買い置きの豆がなくなって買いに行くまで臨時に飲もうと思って、冷凍庫に入れてあった、写真のコーヒーを飲むことにした。これは日本に行った時に、知人からもらったものでラオス産のコーヒーである。
コーヒーの産地はブラジルが有名で、2009年という少々古い資料を見ると全世界の生産量の3分の1近くがブラジル産となっていて、その次に意外な感じでヴェトナムが15.1%を占め、次もアジアのインドネシアが9.6%の生産量を誇る。
コーヒー豆生産は赤道の上下、南緯と北緯25度に該当する『コーヒーベルト』で栽培されているからアジアで栽培されていて当たり前で、フィリピンも『バタンガス・コーヒー』と呼ばれるコーヒーを産出しているが、これはほとんどがインスタント・コーヒー原料に回っている。
このラオス・コーヒーだが、ラオスの輸出農産物の最大品目になっていて、多分、隣国のヴェトナムにでも持って行っているのではないか。ヴェトナムには10年以上前に訪れたことがあって、彼の地産のコーヒーを味わっている。
ヴェトナムのコーヒーの淹れ方は独特で、底に細かい穴が開けられたアルミ製の容器にコーヒー粉を入れてカップの上に乗せお湯を注いで濾過するやり方で、簡単ではあるがあまり美味いコーヒーの淹れ方ではない。
これに砂糖とコンデンスミルクをたっぷり入れて飲むからコーヒー飲料と考えれば良いが、私のようにそのまま飲む人間には味も素っ気もない味になる。その安っぽいアルミ製のコーヒー抽出容器をお土産に買って、しばらくこれもヴェトナムの市場で買った豆を挽いてヴェトナム風に飲んでいたが、やはりこの淹れ方は不味くてこの容器はお蔵入りになった。
ラオスには3度行っていて多くの現地コーヒーを飲んだ。その中で印象的なのは首都ヴィエンチャン郊外の大衆食堂で昼食後、店先でコーヒーを淹れているので試しに頼んだら、これがネルのドリップ方式でたっぷりの粉を使っていた。出てきたコーヒーは砂糖とコンデンスミルクが入っているが、飲んでみるとその濃厚な味にはびっくり、非常に美味いコーヒーだった。
さて、写真のコーヒーを淹れてみるが、我が家のコーヒーの淹れ方は紙ペーパーを使うドリップ式で、日本の100円ショップで買った100枚入りを使っているから、ペーパーならどこどこのメーカーなどと拘る人には目をむく大雑把さである。このフィルターペーパーも今でこそセブでも手に入るようになったが、少し前は手に入らなくて、たまに意外なスーパーに出現して手に入れる始末だった。
今回のラオス・コーヒーの味だが、既に粉になっているから香りもなく、ピンと来る味ではなかった。フィリピンには豆から淹れるコーヒー店はずいぶん出来たが、どれも機械任せのいい加減な味で、これだったら自家焙煎して丁寧に手で一杯一杯コーヒーを淹れる店を自分で作ってみようかなどと考えたりする。
- 朝日新聞の見出しに見る福島原発報道―54
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2012.05.16 Wednesday

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【写真はいわき市山中にある夏井川渓谷の様子。この近くに支援キャンプを設けたが、ここから山を越えれば全村避難の川内村が近い。この美しい樹木も水も放射能に汚染された】

- 5月15日(火) 曇り時々晴れ 風なし 閑話休題 《 歴史の中の5月15日という日 》
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2012.05.15 Tuesday
今朝の日本の新聞電子版は1972年(昭和47年)5月15日の『沖縄の本土復帰』40周年ニュースを伝えるが、1932年5月15日(昭和7年)にあった『五・一五事件』の記述はどの紙面にもなかった。
沖縄の本土復帰といわれても何の意味か分からない人が多数派になっている今、遥か昔の五・一五事件などもっと分からず、しかも、たった1年前の福島原発大事故をもうのど元過ぎてしまうような健忘症の日本人には無理からぬことである。
五・一五事件は海軍将校中心による反乱で、この時は犬養首相が殺害され、その4年後の1936年には陸軍の大規模な『二・二六事件』が起きた。五・一五事件の前年には『満州事変』が勃発しているから、昭和の時代は血なまぐさい『戦争の時代』といって過言ではない。
この昭和初期の日本は人口過剰で農漁村を中心に娘の身売りで『からゆきさん』、男は海外移民や出稼ぎに出た時代でフィリピンにも多数が職を求めて流れてきているから、一時フィリピンから日本へ水商売に身を投じた女性を『ジャパユキ』と呼んだ最近を考えると歴史の逆転、連続性を感じる。
さて写真は2007年、沖縄・那覇市のとあるデパートに入った時に写したが、写真展のポスターだった。この時の沖縄行は10代の頃から沖縄に行きたいと思っていたから実に半世紀ぶりの願いだった。10代の頃、沖縄へ行くにはパスポートが必要でアメリカの上陸許可をもらわないと訪れることが出来ない時代で、同じ日本なのに『何を馬鹿な』と思って、アメリカの許可が必要なくなるまで行くものかと思った。
その辺りから沖縄に関心が向いていろいろ学んだが、沖縄を盾にしてその後の経済成長を日本は邁進し、ともかく本土に住む我々は沖縄に対して酷い存在だなと思った。
中でも元首相の佐藤栄作などその最たるもので、沖縄返還をだしにして沖縄が本土復帰後の1974年、ノーベル平和賞を受賞してしまった。この授賞理由が『非核三原則』による沖縄返還とあったが後年、公開された資料や文書で全部嘘だったことが暴露されて、これくらい選考委員会をペテンにかけた受賞者はいなくて、選考委員から佐藤栄作に対して受賞の自主辞退の話も起こったくらいだった。
このような恥を知らない人物とその取り巻きが戦後の政治を司っていたことを反省しなければならない。さて、念願かなった沖縄行だったが、モノレールが走る小東京のような那覇市の姿を見て、半ばがっかりした。
今、沖縄の基地問題は少しも解決されず、沖縄に駐留する海兵隊など、肝心の米国側が既に沖縄の海兵隊には抑止力などないといっているのにいかにもありそうなポーズを維持する日本側の関係者も醜い。これなど軍事力も『利権』で動いていると、全く戦前の軍部とそれに群がった財界の図式そっくりである。
抑止力などともっともらしくいうが、沖縄に居る自衛隊はそれでは張り子の猫、役に立たない存在かと突っ込んでみたくなる。そういえばこの間の北朝鮮のミサイル発射で大騒ぎし、迎撃部隊を展開したなどほとんど漫画、それに踊らされたマスコミにも呆れる。もっとも、防衛庁以下(今は省か)、軍隊がああいう無様さで済んでいるからまだ日本は良いと思えなくもなく、これがテキパキしていた自衛隊だったら危険な時代ではないか。



