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まにら新聞掲載 Archives (4) ホーリーウィークの過ごし方 その−1(2005年)

 (1) セブ島北端の島々にて 

 

 セブはリゾートとして有名であるが、地元に住む人間には目新しさのない退屈な環境であり、といって最近韓国人の新婚旅行のメッカとなっているボラカイなどは、10年以上前に行った記憶の中でも、既に俗化していて、再び行こうという気は起きない。
 

【写真−1 最近のマクタン島のリゾートの様子 海は汚れる一方】


 明日からホーリーウィークが始まるというのにこんな気持ちで、予定はまったく立っていなかった。それが昔、我が家で手伝いをしながらカレッジに通い無事卒業した女性が、ホーリーウィークを利用して実家のある島に帰るというのを聞き、妻共々訪ねることにした。

 

 ☆

 

 南北に細長いセブ島の中心セブ市から、東海岸を車で北上すること約2時間の地にボゴの町がある。平地の少ないセブ島もこの町を過ぎると、植え付け前のサトウキビ畑が緩やかな起伏の中に広がり、境界にヤシの木が植えられたさまは一幅の絵のような風情がある。

 そんな目を楽しませる光景も長くは続かず、トウモロコシを植える程度の痩せた地に変わる。この地方には何度も足を運んでいるが、最近、質素な作りだった沿道の民家が改築・新築されているのが目立つ。これといって産業のない地域であるが、船員として海外に出ている者が多く、その資力によるらしい。

 このOFW(フィリピン人海外就労者)は昨年度、過去最高の出国者90万人を数え、海外からの送金が公式で年間90億ドル、実際はその倍近いともいわれ、フィリピンの国家予算に匹敵する巨大な額となっている。内容はともかく、OFWがフィリピン中に目を見張る影響を及ぼしているのがありありと分る。

 

 目指す島の『キナタルカン島』はセブ島北端近くの町、ダアンバンタヤン沖合15キロ先にある。この近在には指呼の間にいくつも島が点在し、飛行場がありリゾート開発の進むバンタヤン島やミニ・ボラカイ島として、セブに住む外国人に人気のあるマラパスクワ島などがある。
 

【写真−2 最北端の町役場から河口を望む 目指す島は沖合い右手側にある】


 島には人間と荷物が集まったら出航するバンカボートで渡るが、私達のような観光気分の者は見当たらず、久しぶりに帰省する人々と土産品を満載し、船縁を海面に接するようにして島へ向かった。

 島と島がもたらす海峡は風が弱くても海面の状態が悪く、時おり飛び込む飛沫に驚かされながらも、船は不規則な三角波を慎重に間切り続け、1時間半をかけて海底が隆起した荒々しい崖が印象的な島に着いた。

 

 この島は前述の島々の間に位置するが、まったくリゾート開発の手が入っていない。他の島と比べて条件が悪いわけでもなく、電気や水の不便さは離島ゆえ同じで、荒らされていない白砂の浜は残り、波に侵食された崖などは他の島にない独特の景観を見せている。
 

 島は海沿いのいくつかの集落と島の中心に大きな集落があり、集落の間を結ぶ道は固く踏み固められているが、自動車の姿は軽自動車1台を見ただけで『ハバルハバル』と呼ぶ相乗りオートバイがたまに通るだけだった。

 電気も夕方にならないと通じないために、テレビやラジオも含めて人工的な音はほとんど聞こえず、波の音と風の音が支配する中で、漁をする漁船のエンジン音が牧歌的に響くのどかさに包まれていた。

 

 ☆


【写真−3 セブの生鮮野菜の市場 カルボンにて】
 

 フィリピンには7000以上の島があり、人間の住んでいる島は2000以上といわれ、この島も例外でなく、子どもの数が目立つ。島に限らずフィリピン全体では人口増が大きな問題になっていて、私が始めてフィリピンに来た20数年前は5000万人代の人口だった記憶があり、今や8000万人を超えてしまった。

 国連の人口予測で2050年に日本は1億1千万弱、フィリピンは1億2700万弱となり、この爆発的な人口をどうやって将来養うかが国家的急務になっているが、政治も教会も目先ばかりしか見ず動きは鈍い。

 私達を物珍しげに観察する、粗末な服を着た島の子ども達を見ると、愛くるしい瞳だの笑顔が素晴らしいなどとは言えない時代になっている。

 (つづく)

 


 

author:cebushima, category:まにら新聞寄稿 Archives, 18:49
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この一枚2017年 セブ篇 その(5) 増えたマクタン・セブ国際空港に乗り入れる航空会社

 1980年代中頃に、国内便でマクタン・セブ国際空港を利用したことがあった。その当時の空港ターミナル・ビルの記憶はないが、現在のターミナル・ビルは1990年代初め頃に建て替えられた建物で利用客の増加と、老朽化により新しいターミナル・ビルがフィリピン空軍の駐機場を潰して造られている。

【写真−1 こういう案内板が出来ただけでもこの空港の進歩】

 先日、このマクタン・セブ国際空港へ行く用があったので、建設中の建物を見たがメインになる建屋の屋根の鉄骨が組み上がっていた。写真−1はそこで見かけた乗り入れ航空会社の案内表示で、以前はこんなものはなかった。

 現在のターミナル運営はフィリピンとインドの合弁会社によるもので、民間が運営してからビル内の様子が使い易くなり、明るくなっているのにビックリし、この表示板も当たり前といえば当たり前だが、こういう利用者本位のサービスに気が付かないことが、役人運営の空港であったことを証明するような見本になった。

 さて、こちらのSOUTH WINGには航空会社が9社載っている。冒頭に書いた1980年代にこの空港に乗り入れていたのは、フラッグ・キャリアーとして、フィリピンの航空業界を独占しながら経営危機で倒産寸前まで行った過去を持つフィリピン航空と香港資本のキャセイ・パシフィック航空の2社ぐらいしかなかったのではないか。

 その後、シンガポール空港の子会社のシルク・エアーが乗り入れ、近年のセブに来る大量の韓国人観光客の需要に応えて大韓航空など韓国の航空会社が何社も乗り入れている。

 また、エミレイツ航空という中東の航空会社がセブに長距離の直行便を乗り入れているのも奇妙な感じを受けるが、これは年間数十万人単位で移動しているフィリピン人の中東方面への就労者向けの便と見て良い。

 他に中国と台湾の航空会社も乗り入れているがこれも中国系に人気が高いセブの観光のための路線と見て良い。

 案内板の左下に聞きなれないtwayという航空会社があるが、これは韓国の航空会社で、このSOUTH WINGには韓国の航空会社が3社乗り入れていて、SOUTH WINGの先にあるNOUTH WINGの案内板、写真−2にも3社が載っていて計6社もの韓国の航空会社がセブに乗り入れている。

【写真−2 日本の低価格航空バニラエアーの名が載っている】

 これは現在フィリピンを訪れる外国人は国別では韓国人が1位となっているのと関係があり、セブでも当然1位になるが、かつて日本人が国別で1位を占めていた時代があったことを思うと隔世の感もあるが、日本人がフィリピンを訪れる総数が減った訳ではなく、ある意味では横ばいという安定した訪問数のためで、韓国が激増したことから来ている。

 ちなみにフィリピンでの韓国人の在留者数は7〜8万人で日本人は1万人を超えた程度だからその勢いは明らかに違っている。そんな中、昨年の12月から日本の低価格航空会社のバニラ・エアーがセブに乗り入れた。

 日本の航空会社が日本−成田間に定期便を就航させるのは意外にもこれが初めてで、そういえば初めてマクタン・セブ空港に降りた時、尾翼に鶴のマークが描かれた日本航空のジャンボ機が空港内に駐機していて、アレッと思った記憶を持つが、当時日本からセブへの観光にはチャーター便を飛ばしていたようだ。

 日本−セブ間というのは長年フィリピン航空の独占路線で他の航空会社の乗り入れは出来ず、航空運賃も高値で動かなかったが、航空自由化によってフィリピンの低価格航空の雄セブ・パシフィックが日本に乗り入れ、今回の新規参入のバニラ・エアーと競争が生じて驚くほど運賃は安くなった。

 殿様商売であったフィリピン航空も就航便を増やし、今では毎日2便がセブ−成田間に飛んでいてかつて一週間に4便程度しかなかった時代を思うと、格段に利用者本位で便利になった。

 写真−2の左上のエアー・アジアは書くまでもなくアジア最大の低価格航空会社で、セブ−クアラルンプールを結んでいて、かつて私などセブからタイへ行く時、マニラに出て乗り換えていたが、今は乗り換えることに変わりはないがセブ−クアラルンプール直行便が安く便利になって、タイはハブ空港の役目から脱落した。

 また、エアー・アジアはフィリピンのセブ−マニラなど国内便も就航させていて、フィリピン航空、セブ・パシフィックと三つ巴の競争を展開、時期によってはセブ−マニラを繋ぐ船便より料金が安いのも出現し、利用者にとっては運賃が下がる一方で喜ばしい。

 NOUTH WINGの航空会社では他に、韓国系3社、中国系1社の名前があるが、変わり種はAir SWIFTという航空会社で、この航空会社はセブとパラワン島の北端の景勝地エル・ニドを結んでいる。

 エル・ニドはかつては秘境で、そこへ行くにはマニラから専用飛行機で行くしかなく、日本の旅行会社が独占運営していた。今はパラワンの州都プエルト・プリンセサ市から陸路でエル・ニドへ行けるが、専用のマイクロバスでも7時間以上かかる。

 プエルト・プリンセサまではセブから直行便が出ているので簡単だが、そこからが大変。そこで近年のエル・ニドブームもあってAir SWIFT が最近就航した。

 これで便利にはなったが、飛行機は双発のプロペラ機ATR42で、この航空機はエアバス・グループの会社製で1984年から製造開始、現在も製造中で今年の1月現在で455機とあるから人気の高い機種のようだ。

 こういったプロペラの双発機は今でもかなり製造、運用されていて、有名なのは日本のYS−11になるが、プロペラ機は時代の要請に合わなくなって182機を製造して製造終了となっている。

 プロペラ機は世界各地で色々な機種が採用、運航されているが、中には乗らない方が良いという老朽機を飛ばしているのもあって、先年住んだラオスでも機種名は忘れたが、乗ってはいけないと現地日本の公館筋は日本人に対して警告していたが、私など最新鋭のジェット機よりもプロペラ機の方がいざという時、軟着陸できる可能性が高いので全く気にしなかった。

 さてAir SWIFTが使用している機は恐らく古い機種だと思うし、座席数も50近くあるのでそんなにセブからエル・ニドへ行く客が安定的に在るのかと危ぶむが、今の所、週5便も飛ばしている。

 試しにその運賃を調べたら往復1万3〜4千ペソかかり、この値段はセブから低価格航空利用でタイやインドネシアへ行ったら2往復は出来るから、この航空会社の狙いは少しは運賃が高くても秘境まで楽に行きたい少し余裕のある客をターゲットにしているようだ。

 こうして、マクタン・セブ国際空港は花盛りという感じになっているが、いずれ滑走路1本では利用客数の限界に近づき、飛行場そのものは沖縄の普天間飛行場ほど酷くはないが、周囲を住宅や工場で囲まれて拡張の余地はない。

 そのため、マクタン島のマングローブの生える浅瀬を埋め立てて新しい国際空港を造る話が持ち上がっていて、環境破壊で騒がれているが新空港を実現させないとマクタン・セブ国際空港はパンクするのが目に見えている。

 

author:cebushima, category:この一枚 2017 セブ篇, 17:55
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ルソン島紀行 山岳州篇 2017 その(20) バタッドの滝を見てからその日の内にバナウエへ戻る

 バナウエから乗って来たトライシクルの運転手に『この日の正午』に迎えに来るように頼み、バナウエから夕方発のマニラ行きのバスに乗るので棚田巡りと滝見物も忙しい。

【写真−1 土砂崩れも見える渓谷 この石を棚田に積んでいる

 写真−1は胸突き八丁を下ってようやく川に近づいた様子で、滝は左手上流にある。下りはまあ何とか降りられてもこの逆、昇りの苦しさを思うとゲンナリするが、ここまで来たら滝まで行くしかない。

【写真−2 なかなか様子の良い滝で滝壺まで行ける】

 そうやってたどり着いたのが写真−2で、この滝は『TAPPIYA(タピヤ)』と名付けられてあり、写真では比較する物がないのでスケールが分かりにくいが落差70mの堂々たる滝になる。

 通常は滝壺まで行けるが時間がないのと帰りの体力を考えて、写真を何枚か撮っていくらも休まずに元来た道を引き返す。

 川からまた胸突き八丁を上り詰めるが、息も絶え絶えで昇り、その途中に上手い具合に設けている茶店で生のココナツの実からジュースを飲んだが、こんな山奥にココナツの樹があるのも不思議である。

【写真−3 この辺りの棚田は水を張って苗を育て植え付けも間もなく】

 やっと写真−3の地点に来て眺めるとこの地点から、泊まっている山小屋は右の方に雲がかぶさるように落ちている集落のその上で、まだまだ相当距離はある。コースとしては棚田の最下部にある伝統的な集落を通るのだが、残念ながらパスして帰路を急ぐ。

 結局、4時間弱で滝との間を往復し、荷物をまとめたが、ガイドをしてくれた地元の人間などゴムぞうりでスタスタ歩いていたし、そのガイドが連れていた割合大きな犬も滝まで往復したから慣れとはいえ大したものである。

 ただし、この元気な犬も帰る時に見たら机の下に潜り込んでグタッと眠り込んでいたから犬なりに疲れたのであろう。

【写真−4 一応国の事業だが観光用道路など必要かという疑問はある】

 荷物をまとめて最初に歩んだ道を戻ると、道路工事の真っ最中で、その工事方法も土砂を下の谷にそのまま投げ入れる粗っぽいやり方で、自然破壊など何のその。

 写真−4は道路工事の案内で、この地点は『DALICAN(ダリカン)』と分かり、バタッドまで道を付けている。国の事業で観光のためと書いてあるが、バタッドの人でも道は必要ないという人も居た。

 道路の予算は日本円で9千万円位、工期は1年の今年の3月に開通予定らしいが、写真を撮った時点が1月でどう見てもあと数ヶ月で開通するとは思えないが、別に急ぐ必要もないのであろう。

【写真−5 この工事の進捗具合では工期は遅れるしまともな道路になるかどうか】

 写真−5はその荒々しい工事作業の様子で、手前に写るスカート姿の老人など、この工事の様子を見て観光気分でバタドの棚田を訪れたのであろうが、この場所で帰るといって先には行かなかった。

 ともかく道路造りも善し悪しだが、この道路が開通してバタドへ車が直接入るようだと、一気に環境は駄目になるのは目に見えている。

【写真−6 この会社にフィリピンから電話したら驚くだろうな】

 写真−6は道路工事現場にあった『コンプレッサー』で、何気なく見たら写真で分かるように奈良県の建設会社が使っていた代物。それが回り回ってフィリピンのこんな山奥で使われているとは当の会社は勿論、扱った中古機械業者も存じないであろう。


 

author:cebushima, category:ルソン島紀行 山岳州篇 2017, 19:54
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