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四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(8) 三番札所『金泉寺』で感じた遍路の作法など

 二番札所『極楽寺』から3キロ先の撫養街道沿いに三番札所『金泉寺(こんせんじ)』があり、最初はエアコンを着けて走っていたが、天気も回復して春麗で運転中に眠気を催す。

 これは危ないと思って窓を全開して走るが、それ以降雨の日以外は窓を開けて走ることにし、これは燃費向上にもなるし、セブのような排気ガス公害の酷い地域から来ると四国の町の中は窓を開けて走っても空気の汚れが気にならない。

【写真−1 ポカポカと遍路旅には最適な青空の見える春の日

 写真−1は金泉寺山門で、4月に入って春の遍路シーズンが始まり、団体の遍路姿が目立つ。そういった団体は小型バスに乗って巡礼を続けるが、一気に八十八ヶ所を回るのはやはり大変らしく各県ごとに分けて回るなど催行旅行会社は色々メニューをそろえている。

 ある大手旅行社のプランを見たら八十八ヶ所全部を8泊9日、約30万円で募集していて、こうなるとヨーロッパ方面に旅行に行くのと同じになる。

 それにしても8泊で八十八ヶ所を回ってしまうとは余程効率良く回っているのだと思うが、相当慌ただしいはずで、我々の八十八ヶ所の半分を回るのに7泊というプランは相当余裕があるともいえる。

【写真−2 団体は端で読経、蝋燭は奥からとあるがそれだけ守らないのであろう】

 写真−2は金泉寺境内でのそういった団体の参拝風景で、手前の朱色の箱はローソク立てで、その前が線香立て。写真の前の列で傘を被り、いでたちが本格的な遍路姿の人は『先達』と呼ばれる、こういった遍路旅を案内する役目を持つ。

 簡単に言ってしまえば、遍路旅のガイドとなるが、ツアーによっては添乗員と呼んでいる。この先達がにわか遍路者に作法を教えて遍路旅の規律を保つのだが、あちこちの境内で見かけた先達にも厳格な人、融通無碍な人も居て、その点は面白い。

 こういった団体で共通しているのはご朱印を各自が頂くのではなく、境内で読経している間に係員が納経所に納経帳をドサッと持ち込んでご朱印をもらっている。本来、ご朱印というのは個人個人が有り難く札所から頂く性質のものと思うが、団体はこのような行為が許されているというか、役得になっている。

 そのため、納経所でご朱印を頂きに行き、団体の持ち込む納経帳が山積みになっているのにぶつかると長く待たされ、最初の頃はげんなりしたが、その内、春の新緑の外の景色を愛でながら待つ余裕が持てるようになるから、遍路のそれも修行の内と思える効果は確かにある。

【写真−3 納め札の多い寺少ない寺があったが、これは管理の問題か】

 写真−3は『納め札』というもので、札所を回るとこの納め札を寺の本堂と大師堂に設けられている納め箱に入れるが、右側に巡拝した年月日、左側には住所と姓名を書く。真ん中、下に『同行二人(どうぎょうににん)』とあるが、これは被る菅傘にも書かれていて、八十八ヶ所を開いた弘法大師と共に遍路を行うという意味になる。

 納め札はあらかじめ書いておいても良いが、私の場合、本堂や大師堂の前でその時思い付いたことを裏面に書くようにしたが、やはり最初に書くのは『交通安全』であった。

 この納め札だが、写真の白色は1〜4回遍路を行った者用で、回数によって色が変わって来るのが面白いというか不思議。ちなみに青色が5〜7回、赤色が8〜24回、25〜49回が銀色、50〜99回が金色となり、100回以上は錦となっている。

 1回でも大変なのに何度もやる人が居ることにも驚くが、色で差別化を図るとは考えた人も知恵者であることは確か。なお、赤い納め札までは普通に購入できるが、それ以上は市販されず、『霊場会』なる組織の許可が必要とのことで、四民平等であるはずの宗教行為もこうやって権威付けるのは古今東西変わらない。

 今回巡って納め札の箱を覗いて青(どちらかというと緑)と赤い納め札を見ているが、これを納めた人は先達か余程信心深いか、良くも悪くも四国遍路の数寄者であることには間違いない。



 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 08:00
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ルソン島紀行 山岳州篇 2017 その(21) バナウエで時間を過ごしてその日の夜のバスでマニラへ

 今度また来れるかどうか分からないが、その時は車道が完成して排気ガスまみれになるであろうバタッドの道路工事を横目に、行きに乗り帰りも使う約束でバナウエからやって来たトライシクルでバナウエに戻る。

【写真−1 山肌のむき出しになっている場所が道路で下の斜面は残土投げ入れ】

 写真−1の中ほどの斜面に車道が造られていて、残土などその下の谷間にそのまま投げ落とす粗っぽい工法で、自然破壊がどうのこうのという範囲を超えている。

【写真−2 帰りというのは何でも早く感じるが気のせいか】

 帰りのトライシクルは下り勾配の中、思ったより速くバナウエを目指すが、写真−2のように山深いことには変わりない。


【写真−3 左上に幹線道路が走るが地形的にはバタッドと良く似ている】

 バナウエに戻る途中、棚田の名所が道路沿いにあるというのでそこへ行くが、まるで絵に描いたような景色が広がるのが写真−3。

 バタッドもそうであったが、棚田の最下部に集落が固まっていて、敵からの襲撃を防ぐためにはこういう形が良いようだ。その集落を注意して見ると、建物の周りには壁のような物が築かれていて、やはり外敵から集落を守るようになっている。

 教会らしき建物もあり、トライシクルの運転手に『この村には泊まることは出来るのか』と聞いた所、観光客用の宿泊設備が完備していて受け入れには問題ないという。

【写真−4 パラシュートのような鮮やかな色の覆いが慶事を表している】

 こういった環境の中で時間を過ごすのも一味違う体験が得られるのではないかと思った。バナウエに近い場所で、写真−4のように道路上に人が溢れていて、運転手は『結婚式がある』という。

 近隣からお祝いに駆けつけ、恐らく、家の中では民族衣装を着けて伝統的な結婚式、披露が行われているのだと思うが、外の人々の中にはこの地方独特の民俗衣装を着ている者はいなかった。

【写真−5 この辺りに見える山の斜面もかつては棚田であった】

 写真−5はバナウエの中心地を見下ろした様子で、真ん中辺りがそのまた中心で、ジプニーなどはここから発着している。今夜のバスでマニラへ戻るが時間があったので博物館や町歩きで時間を潰す。

 博物館は写真−5を撮った場所の更に上にあるが、訪れる人も少なく、鍵を開けてもらって入った。展示品はこの地方の少数民族を中心にした民具などが主であったが、その昔に撮られた古い写真が面白い。

【写真−6 狭苦しい車内より屋根の方が気持ちは良いだろうが】

 写真−6はジプニーの屋根に乗っている様子で、この山間部では屋根に乗るのも普通の光景で、いかにも手慣れた雰囲気。

 これでジプニーには満員なら50人近く乗り、重心は悪くなるから、下り道やカーブで制動を誤って谷に転落する事故などしょっちゅう起きている。

 外国人観光客も面白がって屋根に乗るが、あまり勧めたくない乗り方で、体験のため短距離に留めるべきである。



 

author:cebushima, category:ルソン島紀行 山岳州篇 2017, 17:35
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四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春 その(7) 二番札所『極楽寺』は一番札所から至近距離

【写真−1 二番札所極楽寺山門 現代のペイント塗りは綺麗過ぎて味がない】

 かつての『阿波』、現在の徳島県から始まる札所は寺と寺の間の距離も短く、二番札所極楽寺は一番札所の霊山寺から距離にして1キロ、車で5分程度しかかからない。こういう距離なら春の麗らかな陽射しを浴びながらのんびり歩いても良いが、車というのは乗り付けると車に頼り切ってしまい人間が横着になる。

 札所が連なるのは県道12号線沿いで、その昔は『撫養街道(むやかいどう)』といわれていた。本州と四国は1998年に橋で繋がったが、中間の淡路島から四国側に繋がった橋が『鳴門大橋』で、その次の四国側には『小鳴門橋』が架かる。

 この小鳴門橋のある地域が『撫養』と呼ばれていて、この街道は旧吉野川沿いに西に延び、古い街並みも残るが現在は『県道12号線』と呼ばれ味気ない。写真−1は極楽寺山門で、コンクリートで作り直した少々派手な建物ながら、左右の阿吽の像は再建以前の像のようだが、そういった物に見とれる時間はなく直ぐに本堂へ。

 巡礼の作法があって、山門前で一礼後、手水場で清めてから本堂へお参りとなるが、この手水場での清め方にも順序があって結構煩わしい。本堂で蝋燭を1本献灯し、3本の線香を立てその後般若心経を読経し、短冊状の納経札を収めるのが正式で、それを八十八ヶ所を開いた『弘法大師』を祀る『大師堂』で同じことを繰り返す。

 

【写真−2 書いてあることは分からないが、上手い下手がだんだんわかって来る】


 私らのようなにわか巡礼、不信心者は蝋燭と線香を上げて納経札を納めるだけで読経などは勘弁してもらい、巡礼の作法通りにやっていたら一つの寺に1時間以上もかかり、とてもまわり切れず、先を急ぐ身には仕方がない。

 そうしてお参りが終わると境内にある納経所へ行って『ご朱印』を押してもらうが、写真−2が二番札所極楽寺のご朱印で、墨字の上は『梵語』で、このご朱印も印の方は札所でだいたい同じ形式だが、面前で書いてくれる墨字は各札所の書く人の個性が出ていて面白い。

 この極楽寺、山門を入ると44段の石段が伸び、手摺りに掴まりながら昇り降りする人も目立ち、札所は平地にある寺ばかりではなく山寺も札所には多く、足腰の丈夫な内でないと遍路旅も大変で、やはり『思い立ったら』直ぐ実行した方が良いと感じる。


【写真−3 巨樹にまつわる伝説は日本中にありそういうものかと思う】

 極楽寺境内には樹齢1200年といわれる杉の大木があり、写真−3がそれで、『長命杉』と命名され高さ31m、周囲6mある。

 言い伝えでは弘法大師が自ら植えたとなっているが、杉の大木といえば修行者が地面に差した2本の杉の箸が2本の杉の大木になったなどという伝説も埼玉県で聞いたことがあった。

 そういえば2年前に日本の五大桜巡りをした時、神話上の日本武尊が植えたとか源頼朝が植えたとかの言い伝えを持つ巨桜を観たが、話しは話としてこの手の伝承がどこまで本当かどうか分からず、後世の人間が権威づけのために脚色している節が多分に強い。

 この長命杉には霊験が宿り、紅白の綱が巻かれてその綱を握ると霊験あらたかなどと説明があり、今流行の『パワー・スポット』になるのだろうが、確かに長命杉の落とす影の下はヒンヤリして気持ちは良かった。



 

author:cebushima, category:四国八十八ヶ所遍路旅 2017年春, 17:14
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